ジェリードの爺さんに拾われたのは、十代の半ば頃だったと記憶している。 父親がこの国の国籍を持たない流れ者、小さなギャングの構成員で母親が 売春婦となれば後は転がっていくだけだ。 同じような年頃、同じような境遇の子どもたちと集い喧嘩や盗みを中心に たまに教会の施しを受けつつ、ストリートギャングの真似事をして 生きていた。 その日も敵対するグループと些細なことで喧嘩して、ちゃちな傷害罪で 警察に捕まったところだった。保釈金さえ払えば、例え人殺しでも 釈放されるのに勿論払う気も、払う金もない。 しかし、それをポンと払ってくれる者が現れた。 「災難じゃったなぁ」 スーツで身形をパリッと固めて、洒落た帽子を被っている爺さんが 只者ではないことくらい直ぐに分かった。 ジェリードの爺さんがいうことには、何でも彼には若い頃愛した女が 居たそうだ。酒が入ると饒舌になるらしく、訊いてもいないのに 語りだす。未成年だと知っているくせに、年代物のウイスキーを差し出されて 流石に辟易したが戸惑わずに飲んだ。 その女の忘れ形見が自分の母親であり、早い話が彼にとって跡部は唯一血の 繋がった孫にあたるらしい。 「よく似てる」 爺さんは、少しも翳りの混じらない顔で笑った。 モラルとか常識とかは元より気に掛けない性質だ。 モラルで飯が食えるか、と当時の彼ならば言うだろうし今だって多少なりとも そう思っている。ファミリーを束ねている以上、遵守すべき規律はあるが それとこれとはまた別の話だ。 だから、名うての大きなファミリーのボスが後ろ盾となってくれたことは 彼にとってこの上ない幸運だったが、あの名高きジェリードのボスが 血のつながりだけを盾に自分を引き取り育てるなんてとても思えなかった。 人は利益で動くものなのに。 問うと、まだ幼い子どもにそうするように頭を撫でられる。 「Key go」 訛りのある、しわがれた発音が好きだった。 「違う、逆だよKey go。 こんなに大きなファミリーの頂点に立つ者だからこそ、老いぼれた 今になって血の繋がりを何より貴いものに感じるんだ。 勝手だよ。普通に、家族に看取られて人生を終えたいなんて思うのだ。 今まで、散々壊してきた男の思うことにしては随分甘ったるい」 Key go 多分君にも分かる日が来る、と笑う顔は皺くちゃで何処にでもいる 老人のものだった。 「君に会えて良かった」 別れは唐突で、そして老人の思い描いていたものではなかった。 年老いたボスに反感を抱いていた腹心の一人が裏切り、ファミリーは 壊滅状態にまで追い込まれた。 金さえ積めば葬式を行ってくれるところなんて幾らでもある。 銃弾は胸を一発。 至近距離で放たれたそれに、どれほど相手を信頼していたのか分かった。 知らせを聞いた跡部は、成人前に覚えた煙草をふかすと通りの花屋で 店先にありったけの薔薇を買い込む。 棺に納められた亡骸に、赤い花束を放った。 「ボス」 跡部がボスと呼ぶのを彼は頑なに拒んだ。 こんなことしかしてやれないが、と口癖のように言っていた。 充分だった。 それだけで充分だった。 今なら爺さんが言っていたことがよく分かる。 血の繋がりは、何て貴い。 自分に流れる血を肯定されること、それだけで誰かが無条件に受け入れ、 愛してくれるということ。家族愛なんて虫唾が走ると思っていたけれど 生まれてこの方大切にされたのなんて初めてで。 それだけで、充分だった。 「―――――ちょっと、早すぎるんじゃねえか?お別れが。 まあ、待っててくれよ。先に地獄で。直ぐに」 お仲間も、呼んでやるから。 握り締めた携帯電話で、コールするのはかつての友人へだ。 大きな組織になればなるほど相互間での食い違いも、腐った連中も 出てくる。ボスの死、それも部下の裏切りという明確なシチュエーション にも関わらず上層部が動けなかったのはそんな理由だ。 中には年老いたボスよりも、その裏切り者をボスに立ててはどうかという 意見まであって、そんな頃合を見計らって一度姿を晦まし再び まみえた。 但し、今度はありったけの武器を手土産に。 抗争があれば、大概は下っ端に請け負わせる。前線を離れて久しい 連中と、腕は確かな仲間ならば勝負は見えていた。 裏切り者、と罵る声が聞こえてサングラスを片手でつい、と上げると わざとらしく笑う。 「俺が信用してんのは、爺さんだけさ」 そうして先代の主義を引き継いだまま、ジェリードは若手にとって 代わるということになる。 優秀な部下が多いジェリードではそれだけ仕事に早く決着が付く。 その合間を縫って、忍足と岳人は近くの専門店で買った珈琲 (此処のが一番美味しい)を買って、革張りのソファーに脚を投げ出し コピーされた資料を眺めた。参謀と、スナイパー。 けれど先日の人身事故で、打撲を負った彼らは大事があってはいけないと いうボスの温情なのかそれとも皮肉なのか―――――多分後者だ―――― によって、事務処理的な業務を此処数日やっていた。 数十ページに及ぶ資料と格闘している彼らは遠目に見れば、とても意味の ある仕事をしているかのようであるが本人たちはこれほど下らない、或いは バカらしい仕事も珍しいと思っている。 「金髪、あーあかん」 「こっちは目の色がダメ」 抱えている資料には若い女性の写真と、簡単なプロフィールが載せられている。 それに気づいた鳳が、何の資料ですか?と問いかけた。 「何処かのファミリーの構成員・・・?にしては、女性ばっかりですよね。 女のギャングとか居ましたっけ?」 これはOK、とマーカーで印を付けると手配しといてくれと資料を投げた。 「ちゃう」 「もっと、とてつもなく下らない理由だよ・・・クソ」 溜息と共に愚痴が洩れた。 「ボスの好みの女探し」 昼間だというのに薄暗い室内で、真っ赤なドレスを着た女に男の影が 重なる。シンプルなデザインだが、自分の持ち味をよく心得ているようで 脚の部分には太腿まで大胆なスリットが入っていた。 こんな商売をしていては当然か。 腰までの黒髪はストレート、見詰る瞳もやや切れ長の黒。 欲を言えばもう少し胸はふくよかな方が良いけれど、それは大した問題じゃない。 キングサイズのベッドに肩を押しつけると、心得たように脚を開いた。 肩に掛かるドレスの紐をそっと下ろして。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 「・・・・・・・・・・・・・・如何したの?」 下ろして。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 「ねえってば?」 「わりぃ・・・・・・・・・・・・・・」 「はぁっ!?」 ちっとも欲情できない自分に気づいた。 お代の代わりだとぽんと渡された腕時計は、世界でも有数のブランド物で 特に男性物ならばそれこそウン百万円の代物だ。 相場の幾倍に当たるか計算する気にもなれなかったが、恐らく口止めの 意味も込められているのだろう。 男の仕事を知って、尚公言するほど女だってバカじゃない。 触れただけでこの始末なら、割はあり得ないくらいに良いけれど 自慢の身体を以て陥落出来なかったというのはプライドを傷つけた。 送ります、とやけに紳士的な部下の態度がまだ救いだ。 「ボス、ダメやってん?」 「ああ」 「黒髪・黒目・東洋系もしくはそのハーフ。俺ら必死でそこいらの 条件から見繕ってるんやけど」 「売春婦の情報ばっかり見せやがって頭いてー」 「慣れすぎてるし、俺を見て媚びる奴らばっかりじゃねーか」 そりゃ、そうだろう。 当たり前のことを言うボスにまた頭が痛くなる。 ジェリードのボスという地位だけでも女が寄ってきそうなのに、 跡部は美形だ。美形の男ならば、巷にごまんといるが誰の目に見ても 美形に映る人間というのは実は少ない。この男を手に入れるために 媚びない女なんて殆ど居ないだろうと思うのに。 「まさか、素人さん連れてくるわけにもいかんしな」 「・・・・・・・・・・・やっぱり、あのチビが原因?」 「悪いかよ」 件の事件の時に、浚ってきた少年を思い出す。 確かにあれは綺麗な子どもだった。跡部の横に並んでも遜色劣らない くらいに美しい少年だった。生意気な性格だったけれども、きっとそれも ボスの気に入るところだったのだろう。 それを回想して、岳人は怪訝な顔をした。 「跡部って少年趣味あったっけ?」 ズドン。 いつの間に出したのか銃口を岳人に向けた跡部が、ふっと笑った。 「言葉には気をつけろ・・・あん?」 「ほ・・・・ほんとに撃つなよぉおおおおおお!!」 「ちゃんと外れるように狙っただろうが」 「だって、そう思うじゃんか!あいつ可愛かったけど、男だったし!!」 「男に興味ねぇよ。きもちわりー」 「じゃあ、何で・・・・」 冷や汗を拭いながら問いかける。 美貌のボスは凄絶に微笑んだ。 「俺様に誘われて盾突くヤツなんて珍しいじゃねぇか」 あのガキの住所調べておけよ。 言うなり部屋の扉が閉められた。 友達とクラブに行っていてすっかり遅くなってしまった。 母親からのメールが入ったので、家に急ぐ。 ありふれた日常の筈だった。 「ただいまー」 「お帰りなさい、リョーマ。貴方に届いてるものがあるわよ?」 「届け物?」 何だ?と首を傾げると、私が知るわけないじゃないと母親は笑う。 部屋の前に置いてあった宅配便の箱を開けて、リョーマは絶句した。 ピンク色だけで作られた薔薇の花束。 『Crush On You ――――Key』 日常が転がる音が聞こえた。 Crush on youもCrazy for youも意味は一緒だったと思います。 貴方に夢中!何だか好評だったこのパラレル。 続きを脳内補完な感じで書いてみたんだけど、リョーマさんが 出てきていないっていうね、あれね、ごめんなさい! |
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