口に出してしまえばそれきりのことだった。 そうして抱きしめてしまえばそれだけのことだった。 例えば10年後・15年後の姿を思い浮かべろと言われたならば、 それなりのイメージを纏った自分がいたとしても 明日を思い浮かべろと言われたら次に何も浮かばない。 それが思春期だと僕は思っている。 門を潜れば其処は外界と遮断された別世界であり、また社会の縮図でもある。 僕は、大きく深呼吸して教室を見つめた。 一日の大半を支配している学校、その景色さえもやがて 薄らいでいくのだろうか。 卒業を控えて考えてしまうことといえば、これからのことばかりで 過去のことも現在のことも把握しきれていない未熟な人間が今後を 心配してどうなるというのだろうと自嘲気味に笑った。 卒業を控えて僕は彼に告白した。 2つ年下の、生意気盛りの後輩だ。 破天荒な人間で、かといってそれが厭味でなく大人びて見えると思えば 年相応に無邪気に笑ったりする掴み所の無い綺麗な子どもで、 出来るだけレールから外れないように当たり障りの無い生き方をしてきた 僕にとってはまるで原色の洪水が押し寄せてきたような 強烈なキャラクターの持ち主だ。 そう告げたときに彼は驚いたような顔をして、 『それは、そのまんま先輩の性格ッスよ』 等と呆れかえった口調で言ったから、もしかしたらそうなのかも知れない。 とすれば、僕はそれなりに自己愛の強い人間であることになる。 彼が好きだった。 屈託の無い笑顔も、否応無しに人を魅了する仕草も、すべて愛おしい。 口に出してしまえばそれきりのことだった。 そうして抱きしめてしまえばそれだけのことだった。 それだけのことに費やした時間を考えれば気が遠くなりそうで、 しかし費やす時間は尽く甘酸っぱい期待に満ちたものだ。 人が何故恋をするのか、少しだけ分かった気がした。 僕は彼に好かれたいと思い、一方で嫌われたくないと思った。 裏表のような関係である二つの感情は、けれど互いに矛盾したものだ。 恋愛は、0か100かのどちらかでしか有り得ない代物だ。 気づいた時に、卑怯にも僕は卒業を盾に彼の前から姿を消せることを 有り難く思ったものである。 「越前」 掛けられた声に振り返る、風に靡く黒髪に見惚れる。 高校生になったって、大学生になったって、社会人になったって、 十年経ったって、二十年経ったって、おじさんになったって、 おじいさんになったって。 そんな君の些細な仕草を焼き付けたこの目は忘れやしないだろう。 まるで、昨日のことのように。 先輩はずるいと呟く声に苦笑する。 君だってずるい。僕を何時だって縛り付けて何もかも手につかなくさせて 結果溺れさせるのだとまるでドラマみたいな台詞を吐いた僕を 呆れ返った眼差しが射止めた。 「俺はアンタと居る限り永遠に思春期を繰り返す気がする」 「それって、惚気?」 「かもね」 悪戯な視線を向けられて、どちらともなく笑った。 視線が絡み合うだけで高揚する脈拍、明日をも知れぬ期待をそう呼べば 嗚呼なんて素敵なことなのだろうと僕はうっとりする。 伸ばされる指先に切なくなったのは、彼が僕を愛するよりも ほんの少し多く僕が彼を愛しているからだ。 ヘミングウェイ、素晴らしい教訓、人間はそれでも誰かを愛そうと 愛されようと滑稽なくらいに我武者羅になるのだ。 二人の人間が愛し合えばハッピーエンドは有り得ない。 ならば君がその先を見せてよ。 ハッピーエンドの先を見せてよ。 キスで始まる2人の物語の行き着く先を。 暫くこういうモノを書いていないと書きたくなります。 何か私が書くと先輩が電波(・・・) 卒業シーズンだということで。 二人の人間が愛し合えばハッピーエンドは有り得ないはヘミングウェイの 言葉だそうです。創作意欲を刺激されました。 |
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