部屋の障子に月明かりが人影を映し出した。 蝋燭の炎が点る室内で、ゆらり、と揺れた闇に跡部は気付いて、 入れ、と小さく言葉を紡ぎ促す。 控えめに障子が開けられたかと思うと、冷え込んだ風と共に 鮮やかな紅色の下地の花刺子、帯はそれを引き立てるような 漆黒、全て計算づくであるかの如く仕立て上げられたそれは、 成る程良く似合っていた。 「リョーマ」 肩より上でなだらかに切られた髪は、やはり黒鶫色で、色彩の どれとも見事に調和する。花簪は金細工で、京で著名な職人が 誂えたものだと聞き及んだ。この地方では、ある程度の年齢まで 男児は女児の恰好をして育てられれば、即ち健康に育つと 言い伝えがあり、未だそうした古い風習に倣っている家も 少なくない。 「外は、牡丹雪が降ってる、明日には積もるかも知れない」 「何だ、外に出てきたのか?」 この、寒いのに。 跡部が怪訝な顔をすると、リョーマは着飾った着物に負けない くらい艶やかに微笑んで見せた。 「椿を、一輪、手折ってきたの。 丁度良い花瓶があるから、飾らせて」 言われて手を取れば、まるで死人のように冷たい。 俺が活けるから、温まっていろ。 囲炉裏を指すと、珍しく殊勝に頷いて少年は部屋の中へと進み行った。 「花瓶は、焼き物が良い。風情のある、深みがかった茶色のが あったでしょう」 「これで良いのか?俺は花なんざ活けたことねえから、 勝手が分からねえぞ」 「俺だって見よう見真似だ、良いんだって、見目さえ良ければ」 部屋の一郭に設けられた小さな茶室から古い一輪挿しを持ち出して 水を注し、適当な長さに鋏で切り落とした椿を活けた。 満足そうにそれを見送ったかと思うと、跡部からそれを受け取り リョーマは半ば書斎と化している続の部屋の襖を開けて、 箪笥の上に置く。 「見事だな」 それに続いて部屋に入る跡部を見遣ると、少年は後ろ手に 襖を閉めた。 乾いた冬の空気に、シュンシュンと薬缶から溢れていく蒸気が 室内に潤いを行渡らせる。 幾重もの障子と襖で仕切られた間取りは、充分に温かい、その中で 華菱取りの蒲団から白い手が生えた。 探る様に蒲団を素肌に掻き擁くと、仄かに紅潮した息があがる。 「椿、散るときに落ちてしまうのが首が落ちるみたいで、 縁起が悪いなんて言われるけれど、俺は好き」 「―――――何故だ?」 「一番綺麗な時に、己の終わりを悟るなんて潔い」 一点を指差す桜貝の爪先は、先程の椿にと向けられていた。 跡部が其方に注意を向けた矢先に、耳に届くか否か微かな音が したかと思えば一点の曇りもないと思われていた花が花弁ごと 落ちる。 ―――――御覧、ほうらね。得意そうな声が、耳朶に囁かれた。 「果物だって腐敗する間際が一番美味しいんだ、 花も、人も、きっと」 「リョーマ」 「花は、埋めてあげて。何時か、土に還られるように」 一糸纏わぬ姿で蒲団から抜け出ると、乱れた髪をかきあげる仕草、 緩慢なひとつひとつのそれが気だるく、それでいて眩しい、 何処か内側から融かされていくような心地がして跡部は その白昼夢を馬鹿馬鹿しいと掃き棄てる。 幼い、均整のとれた裸体に散る花痕は彼自体がひとつの花で あることを雄弁に物語るようでもあった。 隠し立てをするでもなく、背を向けて少年は畳の上に 散らばる着物、帯、そして襦袢等を拾い集めて、そう、 恰も花弁のように。 やがて適当にそれらを巻きつけると、正面を向いた。 意図を汲み取った跡部が、襦袢から順に襟を合わせて 着付けてやる。 蝋人形のように滑らかで白い肌、鼓動に合わせた呼吸だけが彼を 辛うじて生き物と認識できるに過ぎない。 内腿にてらてらと残った残滓を、薬缶の湯で温めた手拭で拭うと、 快楽に従順な身体は忽ちにしどけなく寄りかかり息を吐く。 嬌声を堪えて、結ばれた紅い唇を親指の腹で辿って、接吻けを 重ねた。 全てを蒸し返すように、舌先が絡まり、互いの溜息と 唾液が入混じる。 「リョーマ」 薄い胸元の鎖骨に下を這わせて、それでも名残惜しげに唇を離すと 何一つ抵抗はないままに、肩に重みが添えられた。 締めるのを止めた帯を解いて、頑なに閉じた蕾を解くが如くに、 着物を剥いでいく。 積雪の白さにも似た、穢れなさが反射して目を焼くようだ、 夜は未だ遠いのだろうか、それとも疾うに日は沈んでしまったのか。 「何時か」 組み敷いた子どもの、双眸が完全に男を捉えた。 「何時か、俺が腐ってしまったのならば、埋めて頂戴」 凛と冷えた、氷柱の眼差しは美しいの一言であった。 潔い、蜜を孕んだ、花の、決意。 「兄様」 椿という花は果たして是ほどまでに芳香を馨しく振りまくもので あっただろうか。 部屋の中は肺から五臓六腑、血液全てに噎せ返るような花の馨りで 満ち溢れている。 やってしまった近親相姦ネタ。最後の最後でネタを明かしたかったので リョーマさんに跡部様の名を呼ばせませんでした。 誘い受けの似合う子だなーと今更ながらに感心しちゃった。 レトロな空気とエセ文学というか、耽美っぽさを目指してみたのですが。 |
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