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真夏の夜の夢




祭囃子が聞こえる方向を目指して、宵闇の道を歩む。
人の気配がこれだけ圧縮された場というのも珍しい。
それにも関わらず、凛と張り詰めた空気を何処かに感じるのは
夜道を囲うように道の両脇に張り巡らされた荒縄と札のせいだ。
何処か物々しさすら感じられるその上に掲げられた華文様の提燈は
今宵の光源となっている他はしっとりと闇が息衝く。

「嗚」

「・・・・・・・・・何してるの」

縄に足を取られて、よろめいたのは履きなれない下駄がいけない
のだろうか?この人でもそんなことあるのかと思うと、何だか
親近感が湧いてきて自分でも驚くほど自然に手を差し出した。

「ほら、手を繋いで」

「繋いで好いの」

何を当たり前のことを言ってるの、と俺は急に照れくさくなって
手を引張った。俺より大きい、彼の手。
級友よりも幼馴染よりも家族よりも優先してこうして一緒に祭に
行く仲だというのに本当に何を今更。
体温の低い手が重なって、ひやりとした感覚は一瞬ですぐに互いの
体温に融けてしまった。

「何その御面」

「ふふ、似合う?」

秀麗な顔をぱちん、と弾いたゴムひも付きの面で隠してしまうと
何だか道化染みて見える。
そこいらの夜店で何時の間に買ってきたのだろうか?
狐の御面は、表情の、その一切の人間味を隠して曖昧にしてしまう。
何だか他人と歩いているみたい、と思うと急に心臓が早鐘を打った。

「・・・・・・・・・如何したの」

「あ、ううん。別に・・・」

何かまるで後ろめたいことがあるような気持ちになって、慌てて
浮かび上がる考えを否定する。他人って何だ、他人って。
関係性で言ったら、こんな親しい間柄もないだろうにそんなことを
思った自分が馬鹿みたいだ。
ぎゅ、と握る手に力を込めるとクスクス、と笑い声が響いて
迷子になってはいけないからねと声がかかる。
良かった、いつもの彼だ。
いつもの。
そう、いつもの。

いつも、って?

いつもって、一体何時のことだろう?
毎日、日々、それほどまでに彼と逢瀬を重ねただろうか?
毎日、この人と一緒に過ごした?

「如何したの、さっきから」

「ううん」

―――――この人は誰だった?









今日の俺は何処か可笑しいのだと思う。
或いは祭の熱にあてられたのだろうか、人混みに寄ってしまったのだろうか。
そろり、放そうとした手を咎めるようにぎゅ、と握り返されて
早鐘を打つ心臓は制御装置が壊れたかのように頭痛を齎す。
息を呑む。

「手を、離さないで。僕から」

「ご、めん。一寸、気分が・・・・・・・・・」

言い訳めいた言葉に、機嫌を悪くした様子も無くじゃあ何処かで休もうかと
優しい言葉が掛けられた。俺は愚かだ。

「この近くに神社の境内があったね。あそこならば、座って休めるよ。
 おいで」

手は繋がれたまま、こちらを心底気遣うように優しい優しい彼の手に
引かれてそれでも脳の中の警鐘は鳴り止まないどころか、まるで
蝉の大群のような耳鳴りを齎す。
人の気配が遠ざかり、闇は一層濃くなっていく、おぼつかない足元を
支えるように抱き込められる、厭な汗がじっとりと滲んでいく。

「気分が優れない?」

神社は何時にも増してひっそりと佇んでいる、辺りの喧騒とはまるで
無縁に

「だいじょ、ぶ」

彼は優しい。そう、いつだって、彼は。彼は。彼。
俺は、

「ねえ」

「俺、いつも、アンタのこと、何て呼んでた」

「・・・・・・・・・・・それとも、僕のことが怖い?」


名前が思い出せない。

この人は誰?
この人は俺の何?

「ただの祭にしては厳重すぎると思わない?
 神聖な場所を守るように、張り巡らされた縄と札は何も伝統を
 重んじた結果というわけじゃないさ」

ぶわ、と全身が総毛立ち振り払う腕を恐ろしいほどの力で掴まれる。
神社の境内に投げ出されて背中が強かに打ちつけたせいで痛んだが
それすら構わず必死でもがいた。
古びた黴臭い、床に爪を立てる。
後ずさる、逃げ場が無い。
悲鳴を上げようとした口元を冷たい掌が覆いこんだ。
冷たい、冷たい、まるで石のような、土の下に眠る死体のような、
深い深い靄のような冷たい手。

「悪しきものが大勢の人に紛れて入り込まないようにああやって
 締め出している。弾かれた者はどうすればいい?
 何事にも抜け道はあるだろう」

「来るな・・・!!」

「中の人間が誘い込めば、手に手をとって入ることが出来るんだって。
 実に単純な話でしょう?」

「アンタ、アンタ誰」

「・・・・・・・・・・・僕の名前を忘れたなんて悪い冗談。
 怖くなった?御免ね、違うよ。これは只の伝承で、言い伝えで、
 今はもう誰も知らない古いお話に過ぎないのだから。
 君は、僕の名前を知っているでしょう」

俺は彼を知ってる?

俺は彼を知ってる。

「しゅ、すけ」

「・・・・・・・・・ほうら、ね。意地悪はどちらだ」

自然と口をついて出た名前に満足したように、微笑んだ。
するり、と狐の面を外し現れた顔に漸くホッとする。
そうだ、俺は彼を知っている。周助、周助。
諤諤と震えの止まない手を叱咤するように、抑えるとそれをそっと
身体ごと抱きしめられた。何を馬鹿げたことを考えたんだ。
何でこんな大事な名前を忘れていた。
俺たちは恋人同士だっていうのに薄情にも程があるだろう。

「ごめん、なさい」

「好いよ、怖がる君は可愛い」

おいで、と言われてまるで魔力に掛かったようにその腕に身体を
委ねる。微かな香の香り、花の香り、彼の香り。

「本当に、怖かったんだから」

「じゃあ、君が寄り添ってくれるようにもう一つだけ怖い話を」

桜貝の爪が唇をなぞる。自然と開いた輪郭を辿るように触れると、
目前に艶めいた顔が迫る。

「悪しきものは何の為にそんなことをするか不思議に思うだろう?
 簡単だよ。凄く凄くほしいものを見つけたときに、例えば神と
 される善き存在が疎ましくなる。そのものを護ろうとする存在が。
 それを」

「滅したいと思うんだ」

耳に手を添える、老木をなぎ倒したような奇怪な音が響き渡り、
身を竦めると鴉だよ、と事も無げに彼は言った。
口付けが重なる、冷たい唇に背筋が張り詰めて接吻はこれが初めてと
いうわけでもないだろうに、何故だか呼吸の仕方を忘れて、陸に
打ち上げられた魚のように酸素を求める俺を可愛いと揶揄する。














「雷が落ちたらしいよ」

神社の御神木が焼け落ちたという話を、俺が耳に挟むより前に
周助が告げてきた。

「歴史あるものだったのに」

「壊れるときは呆気ないものだね、残念だけれど」

瞳を伏せて憂い顔で言うその様子に嘘偽りはおよそ見当たらない。
あの夜に感じた恐怖は一体何だったのか最早思い出せない、恐らくは
人の熱気と暑さにあてられたのだろうと彼は言い、俺の所業を咎めようと
しなかった。周助は優しい。
だから、これはきっと俺の思い過ごしなのだと違和感を振り切る。
家中を引っ繰り返しても彼と過ごした記録となる写真類は一切見当たらず
それとなく訊ねた俺に写真は嫌いなのだと笑う。
近頃物騒になってきて、平和だったこの町でも人災や天災が少しずつ
しかし確実に増えてきていると母親が話していたことを思い出して
話題にのぼらせる。
御神木が焼け落ちて、護るものがいなくなり悪しきものが入り込んだと
町の年寄りたちが言っていた。どこかで聞いた話だ。

「大丈夫だよ、リョーマは僕が護るから。絶対に」

周助は、優しい。
多分こんなに優しい彼を疑うなんて、俺はどうかしている。
暑さの所為だよ、と言われてそうかも知れないと傍らで思う。
暦上は晩夏といえども盛夏より暑さは募るばかりで、きっと思考までも
溶かしていってしまうんだ。汗が目に入る、浸みた瞳をごしごしと拭うと
汗一つかかず涼しい顔でハンカチを手渡された。

周助は、優しい。
















夏なので、ホラーっぽく(どこがだ)
不二様がアレなのかリョーマさんが勘違いなのかどちらでもちょっと
ひやりとして頂ければと思います。

和風は意外と不二先輩の方が似合う。






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Owner:momoya 2008 Not Take Free












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