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Promises




不機嫌さを隠そうともせず、仏頂面でディナーをもっしゃもっしゃと
口に運ぶリョーマに、誰もが何かあったことは分かったが声を
掛けられなかった。それでなくとも、彼の存在が、そして経歴が
独り歩きをしていて、英雄視してくる人間も居たら何かと妬んでくる
人間も居る。何か腹が立つことがあったのだろうと安易に想像が
出来るが・・・・・

「越前、食事のときくらい楽しく食べては如何だ?」

流石に見かねて手塚がそう声を掛けた。すると、リョーマは瞬きをして
溜息を吐き、そっすねと素直に小さく呟いた。
朝と晩の時間帯は生徒たちは一斉に大広間に集まり、そこで朝食と夕食を
とることになっている。此処の生徒は皆親元を離れて学校に通っているので
寮生活を余儀なくされているからだ。まるで中世ヨーロッパの城を思わせる
重厚な造りの大広間にはステンド硝子が大きな窓を彩り、その中央に
古い古い時計とパイプオルガン、そうして学校長の玉座がある。
各テーブルは各々の所属する寮ごとにまとまっていた。
シャンデリアには光が灯り、給仕のものが居なくても各テーブルには
世話好きの妖精が潜んでいるのでお茶をくれたり、片づけをしてくれたり
するのだ。

「手塚先輩」

「なんだ」

「不二先生、ってどんな人?」

リョーマの質問が意外だ、とでもいうように手塚は目を丸くする。
薄いフレームの眼鏡から戸惑ったような視線が注がれたことにリョーマは
気付いた。何故そんなことを訊く?と返されて少し口篭もる。
まさか、自分の親たちの敵かも知れないなんて―――――

(言えるわけがない)

リョーマの両親の敵、ということはつまり絶対悪の味方、要するに彼も
その一員を担っていると考えて間違いない。
仮令それが本当だとしても、嘘だとしても、真実を確かめない段階で
自分以外の人間にそれを容易く洩らしてしまうのは得策とは言えない。
本当ならば、彼の耳に入れば何時消されても可笑しくないし、逆に
嘘であればそれもまた目的が見えない。

「リョーマ君は、授業中運悪くあてられちゃったんですよ」

横に座っていた壇が、そう口を挟んで成る程と手塚は納得したよう
だった。内心上手い言い訳が思い浮かばなかったので、助かったと
ホッと息を吐く。

「アイツも悪い奴じゃないんだ。誤解はされやすいんだが―――――」

アイツ、と言う言葉に目を見開く。

「先輩、知り合い?」

「腐れ縁だ。家が近いから、小さい頃から何となく顔を合わせる
 ことが多くてな・・・・散々振り回されたが、才能だけはホンモノだ。
 今でも講師をしているが、何処だろうと引く手数多だろうよ。
 元よりの力もあるだろうが、それ以上にあいつは死に物狂いで努力して
 力を手に入れたんだ」

意外な言葉だった。天才肌なのは、聞いていたし何となく感じることでも
あったのだがよもや手塚の口から努力という言葉が出てくるなんて。

「何か目的があるのだろう、まるで生き急ぐように不二は力を手に
 入れたがっていた。寝る間を惜しんで、遊ぶ間を惜しんで、只管研究し
 そうして今の地位についた」

黒魔法、が一番難しい魔法だと聞く。
先ず魔法使いたちが一番最初に教えられるのは、白魔法と呼ばれる魔術で
これは主に回復や成長といった分野を司る魔法で、植物の生育や怪我の
治療などが目的として使用される。
神官や僧侶が学ぶことが多いのもこの分野である。
他に地、風、炎、水という自然界の4元素に分けて魔法は学ぶがその
どれにも位置しない魔法というのも事実存在する。
それが黒魔法だ。
或いは力の使い方を間違えれば、身を滅ぼす術ともなりえて、
或いは正しく使いこなせるのならば禍から身を救う明光となるだろうと
古来より言われてきた魔法ではあるが、現在でも謎が多いとされる。
そうして、それを教職で教えるとなれば矢張り相当の実力と知識が
求められるのは確かなことだった。
不二は最年少で、それをクリアしたのだ。
魔法学校に入りたてで、呪文を碌に使えないどころか魔法使いとしての
常識すらまだ身についていないリョーマとはワケが違う。
自分を殺そうと思えば、直ぐに殺せたはずだ。
油断をしていた、とかしてないかった、とかそういう次元の問題では
なく仮令リョーマが完全武装で立ち向かっていたとしても今の彼との
実力差は誰に言われるでもなく明らかだと分かった。

それなのに、不二はリョーマを殺さなかった。

『僕が、君の両親の最期を見た唯一の人間だとしたら?』

隠していることは、それだと彼は言った。嘘は言っていない目、だ。
だが、真実を言っているとも限らない目だった。
そして、何よりリョーマが気になったのは違和感だ。たった一瞬の、
けれど彼の見せた最大のミス。
あのとき、不二の魔法で大木に叩きつけられたリョーマが体勢を
立て直すことが出来ずに身体を強かに打ち付けたあの一瞬、不二は
確かに。

(俺を見て、動揺した)

今から殺そうとする相手に?情けをかけるとでも?
そうでなかったら、何故躊躇するのだ。
分からないことばかりで、混乱する。それでなくとも、体調が万全では
ないのだ。早めに夕食を切り上げることにしたリョーマは、調べたい
ことがあると断って自室へと戻ることにした。
その際に、図書室に立ち寄ることも忘れない。














転寝をしていた。
夢の端から、端から断片的な記憶が蘇る。それを記憶というのも躊躇する
くらい、不確かで不鮮明な、まるでオールドシネマの映画のように
途切れ途切れの映像と、音。
そのどれもが胸を焼くくらいに苦しく、そうして痛みを伴うものばかりで
幼い頃にはもっと頻繁に見ていた気がするが、親戚の家に預けられるように
なって、少しずつ薄らいでいったそれが此方に来てからは、前よりも
頻繁に夢を支配しに訪れる。
両親が殺されたときのことを、リョーマは覚えていないと思っていた。
まだ自分は物心つくより以前で、そんな昔の記憶が残っているはずも無い。
それなのに、繰り返される悪夢は、ならば顔も見たことが無い自分の
両親が残した思念とでも言うのだろうか?
苦しい、苦しい、痛い、苦しい。

『――――――を、頼むよ』

『貴方は、―――――だから、決して渡すわけには―――――』

『伝えて、―――――に』

『愛していると』

愛している、なんていわないで欲しかった。
俺がどれ程の孤独を味わっているかなんて、何も知らないだろう。
それを責めるのは八つ当たりも好いところだと知っているけれど、
苦しい。じわりじわりと胸を侵食する感情が溢れて、頬を熱い
ものが伝う。
誰も俺を理解してくれない。誰も分かってくれない。
愛しているというのならば、どうして、どうして俺も一緒に
連れていってくれなかった?父さん、母さん。
どうして、どうして、俺を残して、こんな広い世界に独り
残して、逝ってしまった?
怖いのは、死なんかじゃない。独りで在ること。
暗闇に支配されそうになる。
痛い、痛い。
耳を劈く爆音と、目を焼くほどの閃光、その中にかつて自分は
居たのか?世界を壊したがる絶対悪も、

(不二、先生も・・・・・・・・・・・)

居たのか?
記憶を辿ろうとすると、その度に身を裂くような膨大な情報と
誰かの悲鳴、目を背けたくなるような荒地、流れ込む衝撃に
耐えられない。

(痛い、怖い!!)

ぎゅ、と頑なに目を閉じた瞬間だった。
ふわり、と温かい手が頭を抱き寄せる。
それが、夢だと分かっていても一気に呼吸が楽になった。
手は、そのまま自分の涙を拭うように頬に触れて抱きしめる。
トクン、トクン
規則正しく繰り返される心音、誰かが傍に居るということ、温かい、
生きている、生きているのだ。
今までの悪夢が嘘のように収縮していき、やがて闇は一縷も残らず
景色は色を取り戻して正常な朝へと向かっていく。
寝返りを打った拍子に、少し目を開けた。まだ夜明け前、少しずつ
空は白んでいっているが生徒たちの大半は眠りについている
時間帯だろう。ベッドに投げ出された大量の魔法史の本と、初心者用の
呪文の本、それらの隙間に闇に溶け込むように存在する猫を見つけて
英二、と小さく呟いた。

「・・・・・・・・・・今、居たのはアンタ?」

「・・・誰も居ないよ。此処には誰も来なかった、おチビちゃん」

「――――――俺の話を少しだけ、聞いてくれる?」

「―――――――――――夜明けまでなら」

紅茶でも淹れようか?とまるで自分の部屋のように勝手知ったる口調で
言うと見る見る間に青年の姿へと戻る。
それに反論するでもなく、起き上がると周囲に気付かれないように
小さなランプを点した。











「ずっと、ずっと、恨んでいた。
 両親も、俺の両親を殺した奴のことも、ずっと。
 俺をこの世界に独りにした奴、全員恨んでいた。
 この世界で俺はまだ魔法も碌に使えないガキだけど、あっちの世界じゃ
 変な子どもだったんだ。
 俺が居ると、何かしらトラブルが起こる。
 例えば、俺を苛めた奴はその後必ずと言っていいほど事故だとか、
 そういうことに巻き込まれた。
 それで余計に子どもたちは俺を苛めるし、大人は敬遠した。
 だから、ずっとずっと独りで、絶望して、嗚呼、いっそのこと
 何で俺も殺してくれなかったんだろうって思っていた」

「おチビ!そんなこと、言うなよ!!」

「・・・・・・・分かってる。母さんも父さんも、俺を護って、
 死んだんだってことくらい。そんな俺に責められちゃ浮かばれないって。
 それでも、誰も分かってくれない。誰も理解してくれない。
 ずっと、ずっと」

不安だった。
ぽつり、と落とされた言葉に英二の顔が歪んだ。
覗き込む紅茶に映る己の顔はなんて情けなく歪んでいるんだろう、と
思う。英雄視されたって、世界を護ったって、死んでしまったら
何にもならないじゃないか。
英雄じゃなくたって構わない。
本当は傍に居たかった。
普通の子でよかった。
誰かに傍に居て欲しかった。

「変な話、して御免」

「そんなこと!おチビ、あのな!!」

英二が声を荒げて、それから一瞬戸惑ったような表情を見せるが
直ぐその後、何か意を決したかのように此方を見据える。
金色の目、猫のときと同じだ。とリョーマはその光彩に魅入った。

「お前のことは必ず護ってやる。
 俺も、俺の主も。
 お前が生きて、存在して、こうして会えて、本当に嬉しいし
 救われたと思っている。
 これだけは本当だから、信じて?」

その瞳があまりに真剣で余計に泣きたくなった。
信じている、信じてみる。
急には難しいことだけれども、少なくとも此処に望まれて居るのだと
言ってくれるのなら。
うん、と言うと温かい紅茶が眠りを誘い、あと小一時間もう一眠り
出来るかと再度ベッドに入り毛布を被った。
お休み、今度こそ良い夢をと傍らの使い魔が囁くそれに今度は
すんなりと夢の世界に落ちていく。

「・・・・・・・・・・・そうして、これは僕の罪だ」

ゆらり、と揺らぐ陰が形を変えて闇を纏うように室内から姿を消した。













次の黒魔法の授業は明後日へと迫ってきてる。
それまでに甲殻獣の角を採取せねばならないわけだが、手伝うと
言って聞かない友人や先輩たちを振り切り、リョーマは森の入口に
居た。

「一人で森に行くなんて危険すぎます!!」

壇には散々反対されたが、かといって、例の教授の手を借りるのは
何だかとっても癪に障るし、他の教官に頼るのも忍びない。
友達を巻き込むのも気が引ける。

(・・・・俺って、詰まるところ甘え下手なのか)

それもそうだ。今まで、だって甘えたことなんてないんだから。
一先ず、図書館である程度の予習はしたし、何かあれば逃げられるよう
にとプレゼントされた箒も持ってきた。
最悪空を飛んで逃げる公算である。
森の入口は鍵が掛けられていて、学園から通じる通路のそれは不二が
管理していると聞いた。材料は確保して、したり顔で提出してやって
あの教授をぎゃふんと言わせてやりたいと思う彼は実は結構負けず
嫌いな性質である。
正面突破が無理ならば、別ルートで行けば良いのだ。
前がふさがっているのなら

(上から・・・・とかね!!)

校庭で助走を付けて、思い切りグラウンドを蹴る。
一瞬バランスが傾く、それを立て直して箒は空中へと舞い上がった。
グイン、と重力から解放される際に掛かる独特の圧力を制して舞い上がる
夜空は快適と言えなくも無い。
校舎も人も、随分とちっぽけに見えて見渡す世界は雄大、その広さを
改めて感じることになる。
煉瓦造りの校舎は何世紀前から変わらないらしく、傍には底の見えない
湖がその表面に星空を掠め取る。
森意外にも木々や林は点在しており、緑豊かな地は、暫し前に繰り広げ
られていたという戦争とは全く無縁の様相をしていたが実際リョーマの
両親のほかにも、先の戦いでは多くの魔法使いが犠牲になったらしく、
戦禍の傷跡が完全に癒えるまでにはまだまだ時間が掛かりそうだと
とある教授も言っていた。
森は一つの生き物のように闇の中にあっても尚暗く、鬱蒼とした繁みが
来る者を頑なに拒絶するようだ。知らず固唾を飲み込むが、高度を
下げて森へと近付く。
甲殻獣は比較的森の入口付近に生息しているはずだ。
それならば、逆に入口付近へと向けて追い込めば門に阻まれて逃げ場を
失い捕獲しやすいのではないだろうか?
とすれば、入口に下りるのではなくやや奥に下りたほうが得策と言えよう。
そう決めると、そろそろとスピードを落として下へと近付いていき、
やがて木陰に邪魔になる樹などのないスペースを発見した。

(しめた、あそこに―――――)

途端、物凄い衝撃を受けて息を呑んだ。
右半身に強い衝撃を感じたかと思うと、次の瞬間にリョーマは
箒からバランスを崩してまっさかさまに下降する。

(なっ・・・・・・!?)

ヒュン、と風を切る音が聞こえたかと思うと今度は正面から腹を
叩きつけられる。咄嗟に力を入れるが鳩尾に入ってしまって、噎せると
同時に叩き落された。幸か不幸か、それが空から落下する衝撃を
和らげることとなったがダメージは思っていたよりも随分と大きい。
ゲホゲホっと噎せると、涙の滲む視界で漸く自分が攻撃されたものの
正体を知ることになる。

「・・・・聞いて、ナイんですけどっ・・・・」

巨大な樹が、まるで意思を持っているかのようにひゅんひゅんとその
幹というに相応しい枝を撓らせて、近付くものを全てなぎ払い、
なぎ倒している。それで、この辺りは周りに草木が茂っていなかったのかと
合点がいったがもう遅い。

「お、落ち着け。アンタのテリトリーを荒らす気はないんだ・・・・」

―――――説得力がないにも程がある。
空から降ってきた人間が何を言うか、と自分でも思うがやはり樹も思った
のか、伸びてきた枝に足元をすくわれた。
やばい。

「う、わっ・・・」

ずるずると引き摺られて、背中が痛む。
この間もぶつけたところなんですけど、と悲鳴をあげそうになる。
やばい、やばい、殺される!!
こうなったら、何が何でもこれをどうにかしなきゃ!と頭をフル回転させ
何か有効な呪文は―――――

「ほ、炎の精霊よ、ファイア・ボール!」

焼ききるしかない。
これは有効だったのか、絡み付いていた枝は悲鳴を上げるように
燃えて炭になった。だが、それで怒りを増したのか、余計に本体の
樹が撓りを大きくして此方目掛けて枝を振り下ろす。
あんなのを喰らったらひとたまりもない。

「おや?」

ぎゃあああああ、という断末魔の悲鳴にリョーマは思わず耳を塞いだ。
見れば瞬く間に大木は燃え上がり、周囲には焦げ付いた匂いが広がり、
あっという間に煙が辺りを覆う。
何?
何が起こった?
ぞわり、と肌が総毛立つ。
灰色の煙が立ち込める中、黒い人型をした塊が動けないリョーマに
近付いてきた。

「『運命の子』此方の世界に来たのか。
 それとも、アレが呼び寄せた?――――――莫迦な、無駄だと
 言うのに。今は、まだ時期尚早だが・・・・・・」

そうだな、消すのも悪くはない。
闇が首元に触れて、途端ぞっとする程の冷たさを感じ、嫌な汗が
背中を伝った。先程よりも、ずっとずっと明確な死のビジョンが
頭に流れる。
何だ、この異様な―――――

「私を解らないと言いたそうだな?
 お前は私を知っている筈。お前と私は相反するものであり、
 一心同体なのだから。世界は闇であり、光である。けれど光は
 いつも闇からしか生まれない。お前は私を知っているだろう?
 英雄の息子」

人間の形をしているが、顔もなければ何もない、ただ漠然とした
闇が其処にあった。脳を直接掴まれたように頭が痛む。
声が出ない、そう呼吸すらままならない。
何かに似ている、そうだ、これはあの悪夢。
繰り返し見ていたあの悪夢に―――――

『貴方を愛しているわ、リョーマ』

優しい眼差しで笑う女性の顔は、霞んでいて見えない。
力強く自分を抱き寄せてくれる男性の顔も、おぼろげで、けれど
それは温かい記憶。優しい記憶。そうして、悲しい記憶。

「お前は独り、私も独り、私たちは相反するものであり、
 相容れるものでもある。完全なる悪は、正義だ。
 正しさを判断するのは何時だって勝者、ならば私は常に
 正しく在る」

カチカチ、と歯が噛みあわず足が震えて、立ち上がることも
ままならない。闇の発する一声一声が掻き乱す、血を、臓器を、
己の根源を。何だ、何だ、これは。
憎しみを、悲しみを、全て集めて収縮すればこのようなものが
生まれるのだろうか?

「逃げろ!リョーマ!!」

響き渡った声に、闇が揺らぎ、リョーマはハッと我に返った。















影とリョーマの間に立ちふさがり、両の手で光を宿す人間は意外な
人物だった。少なくとも、リョーマにとっては。

「ふ、じ、先生」

「怪我をしているのか・・・・・箒が其処にあるでしょう、
 幸いにして護り樹は焼かれてしまっている、其処の広間から
 飛ぶんだ。バランスは取れなくとも、掴まっていればいい!
 早く!!」

「なんで・・・・」

「僕がコレを押さえ込む。
 今のうちだ、早く逃げて!!そうして応援を呼ぶんだ、コレは・・・
 コイツは手に負える相手じゃない―――――!」

不二の言葉で確信する。
これが、世界の絶対悪といわれる存在なのだと。
不二をしてさえも、防戦一方で、ぐぐぐ、と距離が詰まりつつある。
どうするか考えて戸惑うリョーマに不二が早く、と叫んだ。
それを見て、闇が笑ったような気がした。

「お前が、護る?笑わせるな―――――それの両親は、お前を
 護って殺されたんだろう私に!生まれたばかりのソイツを置いて!!」

「――――――・・・・っ!!」

ぶわ、と巻き上がる煙風でリョーマを護るように立ちふさがった不二の
髪の毛が無造作に宙に舞う。
平生隠れていた、否、隠していたと解ってしまった端正な顔立ちの
半面に遺された傷痕に息を呑んだ。
火傷の痕、とも呪いの痕、ともとれる醜い傷痕を隠すように
伸ばされた髪の毛。首までのぼる傷痕はそれが致命傷になりかねない
ものであったことがありありとわかる。
苦しそうに歪む表情に、闇が言ったことが真実なのだと理解した。
だから、だからこの人は。それを俺に隠して―――――

『――――――を、頼むよ』

『貴方は、―――――だから、決して渡すわけには―――――』

『伝えて、―――――に』

『愛していると』

『リョーマを、頼むよ』

『貴方は、最後のナイトだから、決して渡すわけにはいかないの』

『伝えて、あの子に』

『愛していると』

このビジョンを見ているのは、自分じゃない。
幼かった不二だ。
記憶が流れ込むと同時に、思い知らされる。
どれほどの恐怖?どれほどの痛み?
・・・・・・・・どれほどの後悔を抱えて、この人は俺を見ていた?

「―――――逃げない」

きゅ、と唇を噛み締めて言うリョーマに不二は振り返る。

「何を言っているんだ、早く逃げろ!」

「逃げるなら、アンタも一緒だ!!」

ぎゅ、と黒いローブを握り締めてその背中に縋りつく。
驚いた風をした彼に触れて、分かったことがあった。懐かしい気配。
使い魔の残していた一言の意味をそれで思いだす。

『主はお前を大事に思っている。お前のためなら、何だってしてやると
 思っている。それくらい、お前を大事に思っているんだ。
 だから、どうか、アイツを嫌わないでやってくれ』

「俺は、俺はもう二度と、大事な人を失いたくないっ!!」
















辺りは眩い白い光に包まれた。
闇はゆるりと掻き消されて、或いは己から姿を消して、少しずつ収まる
光に放たれた方を二人して見やる。

「学園長・・・・!!」

理事長も兼任している白髪の長い髭を蓄えた小柄な老人が其処に居た。
トレードマークになっている眼鏡を少しずらすと、光を放つために
翳した杖をトン、と床につく。
辺りには獣の声と静寂、常どおりの夜の森が其処にはあった。

「油断しておった。森は学園の管轄であって、管轄でない。
 あやつがお前さんを狙ってくるのだと考えるならば、一番に
 マークしなければならぬ場所じゃったな。済まない」

「いえ・・・俺が、勝手に」

ふうむ、と溜息を吐く仕草にはまだ若干の余裕が見て取れる。
終わったのか?今ので。荒い息を整えながら、視線を遣るリョーマに
気付いたのか老人は柔らかく笑った。

「あれで終わりではないよ。あやつは復活のときを待っている。
 あれはまだ奴の一部に過ぎない。
 あやつは人の悪意を、恐怖を取り込みながら復活のときを今か
 今かと待っているのじゃ。人の弱味に付け入りながら」

弱味。
最後の母の言葉、父の言葉を思い浮かべる。
気をつけることぞ、と忠告なのかそれとも諭しているかトン、と
胸の辺りを杖で押された。見抜かれているのだと思う。

「完全体でないにしても、二度もあやつと対峙して生き永らえたのは
 お前さんが初めてだろうな―――――否、こやつもか。
 運命の子よ。後の事情はこやつから聞け」

その言葉に不二が重々しく溜息を吐く。
聞きたいことはいっぱいあった。知りたいことも。
でも、とりあえず―――――

「ありがとう、ございました」

たどたどしく呟いた言葉に不二が瞠目する。
それから呆れ返ったように髪をかきあげると、先ずは手当てをしようと
呟きリョーマの手を引いた。その手は温かい。













裂傷と打撲は酷かったが、魔法である程度まで回復して、残りは
自然治癒に任せると彼は言う。
黒魔法を使いこなしているのは念頭にあったが、対極に存在する
白魔法を使い治療されるというのが意外で繁々とその様子を見て
いたら意外?とあちらから問いかけられた。

「あ・・・・ハイ」

「別に可笑しいことじゃない。黒魔法も最初から身につけられた
 わけじゃないから、初めは君たちと同じように白魔法も、他の
 魔法も色々と学んだ」

白魔法は、あんまり性には合わないから基本的なことしか出来ないけどと
彼は付け加える。先日まで、いけ好かないと思っていたどころか敵だと
思っていた人間とこうして普通に話をしているのが不思議だった。

「・・・・・・・・・・・なんで、俺にあんな誤解させるようなことを
 言ったんスか?」

「誤解じゃないよ」

す、とその瞳が細められたかと思うと彼は常は曝されない顔半分を
リョーマに曝け出した。美しいと言って余りある造りの端正な顔立ち、
その半分は先程の戦いの最中にも見えたことだが、醜い傷痕が
ありありと残る。

「これだけの傷を負ったけれど、僕は一命を取り留めた。
 君が運命の子であるように、僕もその運命の一部だとアレは言った。
 だから、その運命がやがて宿命として重なり合わないように殺すと。
 君はまだ赤子で、僕も当時は10に満たない子どもだった。
 逃げる術も、闘う術も持たず―――――結果が、君の両親を
 見殺しにしたんだ。誤解じゃない」

「そんなの―――!!どうしようもないじゃないか!!」

「違うよ。痛みと苦しみと味わったこともない悪意に曝されて、
 僕はそれでも生き残りたいと思ってしまった。
 仮令誰を犠牲にしても。
 だから、君には僕を憎む権利がある」

当時10歳、今の自分よりも幼いと思い知る。
そんな子どもが、あれの何十倍、何百倍のプレッシャーに曝されて
逃げ出さずに居られる筈がない。
誰を責める?
自分をこの世界に独りきりにした者が憎いと思った。
でも、それは両親でも、ましてや不二でもない。
そして握られた手の温かさに理解するのだ。

「不二先生、が俺を此処に呼び寄せたんだね。
 俺を、護ってくれていたんだね」

悪夢からすくいあげる大きな手、新しい世界で独りきりではないと
教えてくれた人。両の頬に手を伸ばし、顔を包み込む。
淡い瞳の光彩が、朝焼けの光に反射してまるで硝子球みたいに
何て綺麗。この世界も、この人も。

「人間に預けたほうが、君が幸せだと思ったんだ。
 僕は子どもで、君を養うことも護ることも出来なかった。
 けれど、君が寂しい思いをしていると知っていてもたっても
 いられなくなった。復活を待ち望むアイツの手がいつ君に
 伸びないとも限らない。――――――軽蔑してもいい。
 早く、君に逢いたかった」

「俺に?」

僕に両親は居ない。
一片の翳りも孤独感も滲ませずに不二は言う。
登校の時間帯になって、少しずつ生徒たちの声が響き渡っていく
廊下、立ち入り禁止の看板を掲げた医務室の真っ白なベッドに
腰掛けて言葉を紡いでいく。嗚呼、まるで懺悔の時間のように。

「一回り年齢が離れている君のご両親には本当にお世話になった。
 優秀だ、と周りは持て囃したが僕が、仮令どんな風であっても
 決して見捨てないと明言したのは彼らだけだ」

温かい言葉、温かい家、だから、この人たちのためにいつかは
命を落とすだろうと思った。それでも良かった。それくらい好きだった。

「だから、君が生まれたとき君のためならこの命を捧げようと思った。
 初めて見たときから、君が僕の運命で」

『周助、見て御覧。リョーマっていうのよ』

『護ってやってくれな。こいつの力になってやってくれ。
 お前が一番信頼できる』

『ほら、リョーマも笑っているみたい』

「本当に、良かったと思う。
 ・・・・・・・・・・・生まれたときから、ずっと愛している」

ポタポタと落ちる涙を拭おうとせず、俯く黒い影を抱きしめた。
自分よりも幾らも大きい、大の大人が泣くなよと言いながらも
リョーマも少しだけ泣いた。
泣いたのは、両親の死が悲しかったことよりも多分幸福だったからだ。
きちんと、望まれて此処に居るのだと分かった己が幸福だからだ。














「っていうか、不二〜!!俺の姿を勝手に借りておチビちゃんのとこ
 行くなよっ」

「黙れ、何で主人が一々使い魔に許可を取らなくちゃいけないのさ」

「きゃ〜!聞いた?おチビ今の聞いた?
 昔は可愛かったのになー不二がさ、おチビより前に俺に友達に
 なれないかって聞いてきた第一人間なんだよ?」

「・・・・英二、次に余計なことを言ったら英二に化けて
 廊下を裸で歩いてやる」

「きゃ〜!?」

使い魔、と称する青年と不二の遣り取りを見つつ実は結構親しい
人間(?)にはずけずけとモノを言う性格で、あとちょっぴり
性質が悪いのはもともとの性格なのだと少しずつ理解してきた。
あと、彼は照れ屋だ。
弾き飛ばされて、ボロボロになってしまった箒を部屋の隅に置いて、
これも不二がこっそりと買い与えてくれたものなんだよなと思う。

「今度、箒も買いに行こうか」

「え?・・・これで充分だよ」

「駄目。君が怪我でもしたら如何するんだ。
 今度の休みに一緒に商店街に行くよ。箒専門店が在る」

――――――――――付け加えて、相当過保護だ。
最初のあのつっけんどんな性格は一体なんだったのかと問うと、
自分と関わりがなければ敵もリョーマに目を付けないかもと思った
らしいが、先にリョーマの方が見つかってしまったので、陰ながら
護る役目は諦めたそうな。成る程。
誰かに心配されるというのは、照れくさくもあるしくすぐったくも
あるし・・・・嬉しくもある。ありがとう、と今度は素直に言うと
頬が緩む。それを見た不二が微かに頬を染めた。

「べ・・・別に。
 そうだ、リョーマ。いずれは一緒に住もうか?学園からそう遠く
 ないところに僕の家がある。
 少し特殊な地形で、結界があるから普通の魔物は弾き飛ばされるし」

君が良かったらだけれど、と遠慮気味に言うと見に行く!と明るい
子どもの声が返ってきた。
あーあ、分かっているのかなとはしゃぐ二人の横で猫型使い魔は思うのだ。

(生まれたときから、ずっと『愛している』ってこいつは言ったんだぞ)

少年は、初めて自分を理解してくれる家族に会えたような喜びであまり
見えていないが主のほうの恋情は傍に居るものとして一番知っている。
12年越しの純愛、但し、この主の人間性が多少なりとも歪んでいるのも
また知っている。

(俺、しーらないっと)

やがて来る夜へ向けてまた朝は繰り返される。それでも人は希望を
視るのだろう。
傍らに居る誰かの温もりに重ねて。



















長!!長くなった!!
色々と省略せざるを得なくなりましたが・・・・びくびく。
話きちんと繋がっているか不安です。
少なくとも軽い気持ちで前後編で、ハロウィンだし♪のノリで
書くには長かった。勉強になりました。
不二リョって言うか、保護者な不二様を書くのは新鮮だったので
何かしら気に入って頂けると光栄です。
っていうか、不二様ツンデレすぎる。




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