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新 世 界




まだ日中は暑いといっても、徐々に空に流れる雲は形を変え、
蝉の声も遠のき変わりに秋の虫の声がする。
昼間が、影の伸びる速さで少しずつ短くなり夜長と称される季節が
目前だ。
運動会・音楽会・文化祭、様々な行事催し物が開催される時期で、
伴って三年生が部活動に参加するのも減っていく。受験。世代交代。
目まぐるしく変わっていく景色。そんな時季に。
不二先輩と、セックスをした。












同級生でませた奴から、何かの折に話は聞いたことがあったけれど
その時はそんなものかと思ったくらいで別段それを経験したいなどと
思ったことはない。興味がないと言えば、嘘になるかも知れないけれど
それを忘れてしまうくらいには熱中するものがあったから態々面倒な
ことを増やしてまで経験してみたいと思わなかった。
女子は苦手。
違う生き物なんだ、っていつも思うし何を考えているのか分からない。
すぐ泣くし、すぐ怒るし、一人じゃ行動しないし。
可愛いっていうよりも、俺にとってはまだまだ得体の知れない生き物だ。

「そんな未確認生物みたいに言うんじゃないよ」

言いながらも、先輩は肩を震わせて笑っていた。
アンタが聞いたんじゃんか。だって。
どの子がタイプ?と、水着の女の子たちが載っている雑誌を目前に
突きつけて、それなのにえらく相応しくないキラキラした笑顔で
聞いてきた不二先輩に俺は脱力した。
なんか、アンタがこーいう雑誌読むのが凄く似合わない気が
するんだけど。
そう言ったら、僕のじゃないからね。と切り返される。
あ、やっぱり。

「だって、越前って自分を中々見せようとしないじゃない。
 可愛い後輩と、親睦を深めようかと思って」

「そーッスか?俺が無愛想なのは今に始まったことじゃないし。
 こーいう性格なんで」

「可愛くない・・・」

「俺からしてみれば、先輩のほうがよく分かんないけどね。
 人に自分を見せようとしないのはアンタのほうじゃないの」

言い返したら、先輩は一瞬驚いたように目を見開いて俺を見た。
それから、直ぐにいつものアルカイックスマイルで破顔して、で、
どの子?と訊ねる。どうやら、まだその会話は続行中らしい。
このままだと、延々と続けられそうな会話に観念して適当に雑誌を
捲ると、この子、と指差した。
赤色のドット柄の水着に、無造作な感じのポニーテール。
笑顔も割と厭味っぽくない。適当に選んだのも確かだけれど、まあ
可愛いなと思う子で、ふうん、とそれを先輩が眺める。

「こういう子がタイプなんだ。純情そう〜な感じの」

「先輩は?」

「僕?そうだね・・・・」

仕返しとばかりに切り返してやると、先輩もぱらぱらと雑誌を捲る。
それから暫し思案して、こーいう感じ?と首を傾げた。
それなりに探していただけあって、確かに美人と言えるモデルだ。
黒色のシックな水着にアクセントになりそうな金のアクセサリー、
細身だけれどスタイルが良いし。ちょっとつり上り気味の大きな目が
ネコっぽい。

「ふーん」

「可愛いと思わない?」

何ていうか、この人も男なんだよなと妙なところで思わされた。
不二先輩は飄々として読めないっていうのもあるんだろうけれど、
なまじ容姿が整っている所為で男臭さをあんまり感じない。

「まあ、可愛いと思うけれど・・・」

先輩のほうが、綺麗だと思う。
言いかけて、やめた。男に綺麗っていうのも、何だかなと思って。

「好きな子はいないの?」

「いない。面倒だもん、そーいうのよく分からない。
 愛とか、恋とか、セックスとか、それで一体何が変わるのか」

「うーん。まあ、人によりけりなんじゃない?
 僕はそんなに世界が変わったと思わなかったけれどね」

さらっとした発言を流しかけてギョッとした。
つまり、経験あるんだよな。先輩が、女子と付き合ったことが
ないほうが、そりゃ可笑しいけれどそういうことを今まで考えたことも
なくって、何だか気まずい気持ちに勝手に陥る。

「―――――変わるか、試してみる?」

俺が目を瞬かせると、先輩は目を細めた。
それって、如何いうつもり?
知らず眉を寄せて問うと、その疑問に答える代わりに今度の土曜日は暇?
楽しそうに問われた。


















「先輩って、バイ?」

「とりあえず、男の子は君が最初。何だろう、女の子としても
 特に世界が変わるとかは無かったんだよね。僕は。
 女の子は可愛いし、柔らかいし、好いなって思うけれども、
 身体の反応と心の反応ってまた別もので、君とならばそれが
 分かるかなって思って」

「よく分かんない」

「だろうね」

「先輩が変な人だってことはよく分かった」

「僕の誘いに乗る君も充分変わっていると思うよ」

変な話、そりゃそうだと思った。ただ、不二先輩とならば面倒な
ことは全部放り投げられるような、若しくはこの人が背負って
くれるような逃げ場がある気がした。
俺が、こういうこと、恋愛ごとには向かない人間だって分かっておいて
尚且つそんな誘いを掛けてくるくらいだから本当に本当に好奇心が
大半を占めるんだろうっていう関係。
愛や恋やセックスで世界が変わるならそれが見てみたいけれど、それを
見るためには普通なら自分が夢中になれる人に出会わなきゃいけなくて
でもそれをまだ見つけられない、見つけたいと思わないでいる俺にとって
結構面白い誘いだったんだと思う。
友達を家に誘うみたいな、そんな気軽さで持ちかけた先輩の
家に行くのも部屋に行くのも勿論これが最初で、きっと最後になる。
かざりっけのない、でも整ったシンプルな部屋はこの人の対外的な
表情そのものみたいで、嗚呼、彼のテリトリーなんだなと感じる。
紅茶とケーキ、冷房の効いた少し寒い部屋で一先ずそれらを
平らげて他愛もない話をして、本題に縺れ込んでベッドの上に寝転んだ。

「キス、していい?」

「別にいいけど」

了承をとる彼は、こんな下品なこと持ちかけると到底思えないくらい
紳士的だ。唇が重なって、思ったより少しも嫌悪感はなかった。
如何したものか分からず、とりあえず此処はリードに任せることに
したら、舌先が歯列を割って忍び入る。

「ファーストキスじゃないの」

「ファーストキスッスよ」

先輩は少し意外そうな顔をした。
どういう意味だよ。
捲りあげて、薄い胸を這う手に何だか申し訳ない気持ちになるのは
俺だけだろうか。俺が悪いわけじゃないのに、女の子じゃなくって御免ねと
思ってしまう。誘ったのは、先輩なのに。
分からない。だから、ドキドキする。期待と不安。
こうやって非生産的な行為をしたとして、俺と彼の関係は如何変わる?
先輩と後輩じゃいられなくなる?
それとも何にも変わらない?
世間一般では?その物差しで計るとどうなる?

「越前、難しいこと考えているでしょ」

先輩が苦笑した。顔に出てる?

「出てる。・・・・・・越前さ、クールだクールだと思ってたけど
 案外子どもっぽいところもあるよね。負けず嫌いだし。
 可愛くないって言ったの訂正する。可愛いよ」

「そういうの、女の子に言ってあげたほうが良いッスよ」

「そうなんだけれど・・・・・・・・僕は我が儘だから、あんまり
 がっつかれると厭になっちゃうんだよ。だって、欲しいのは僕の
 見せかけのものばっかりでしょ?
 本当の僕は、結構底意地悪いし性格悪いし、悪いこともするし、
 独占欲強いし」

「関係ないじゃん。そーいうの。
 俺は今それを知っても別に嫌にならないよ。
 アンタとセックスするのに、そんなの関係ない。先輩は先輩だもん」

「・・・・・そうかな」

「そうだよ」

そうかな、ともう一度呟いてゆっくりと距離が詰まった。
こうして間近で、彼の呼吸を聞いたことはなかった。















結論から言うと、この人は自己申告の通りの人間でまあ良くも
長い間人の目を欺いてきたものだとその猫かぶりっぷりに逆に
感心すらした。
途中で俺が泣いても喚いてもそのスタンスを崩すことなく、
一度出した了承を手にとって合意だと言い張られては逃げ場がない。
許したのは俺だ。
痛い、も厭だ、も何度繰り返したことかもう分からない。
カラカラに乾いた咽喉を潤すため炭酸飲料を飲みまくって、練習よりも
半端無い身体の疲労に只管寝た。寝て、寝て、寝まくって、起きたら
案外清清しい目覚めだった。

「回復早いね」

「どうも」

「結構素質あるんじゃない?」

―――――どんな厭味だ、それ。
顔を顰めたのが分かったのか、御免ね、と然して悪びれない様子で
謝られるけれどちっとも心が籠もっていないのに気付く。
それで、先輩の世界は変わったの?

「どうだろう、越前は?」

「さあ。死ぬほど痛い思いはしましたけど。
 先輩を嫌いになったりはしてない」

正直に答える。そうなんだ。自分でOKしたっていうのもあるんだけれど、
この人の性格の悪さとかメンタル面での弱さとか、そういうのを少し、
ほんの少しだけ垣間見てもだから嫌いになったりとかはしていない。
これって情に絆されたということになるんだろうか。

「僕は、結構新しい世界を見られたよ。
 多分君限定で」

「へ・・・・・?」

思いもかけない言葉に、思わず間抜けな声を出すと先輩は
笑った。相も変わらず底の見えない、笑顔で。

「でも、まだまだ薄っすらとだね。くっきりとしたビジョンは
 見えない。何度かすれば、見えてくるかも知れないけれど」

「・・・・・・・それって、俺には遠まわしな誘いに聞こえる」

「そう言ってるもの」

―――――呆れた。
返事は?なんて訊ねる彼は多分最初から俺を逃がす気なんて
無いんだと思う。俺は俺で、結構巻きこまれ型、ついでに
諦めが早い性質らしい。
先輩のこと、嫌いになったりはしてない。
変な人だな、とか実は性格悪いよな、とかやっぱり美人、とか
笑顔に騙されるもんか、とか皆もっとこの人を知ったら、もっと
好きになるんじゃないか、とか鬼畜、とか、紳士、とか。
色んなことを思っている。それら全部を一纏めにして名前を
くっ付けるのは俺にとってはまだ難しい作業で、理解しているのか
していないのか先延ばししているだけなのか執行猶予を頂いて
いるのか。
はあ、まあ。曖昧なこと嫌いな俺がこの人といると白黒つけられない
ことばっかりでもどかしくて。
これが新世界なのか?
世界はガラリと豹変するでもなく、俺は俺で先輩は先輩で
変わらず下らない話をしたり真剣にテニスをしたり、気が向けば
身体を繋いだり。その合間合間に垣間見える今まで知らなかった
お互いの表情にお互いで驚いて、少し感動して、一瞬俺は
先輩の嘘くさい笑顔に見惚れる。
これが新世界なのか?
名付けるのに困る感情を抱えたままで持て余す、嗚呼やっぱり
カタチに見えないものは苦手だなんて思いながらも。






















淡々としつつも青春っぽさを出してみたかった試作品。
何だろう、王子って基本的に実行しなきゃ分からない子な気が
するんですけれど。そういうわけで、関係を持ってから発展する
恋があっても良いんじゃないでしょうか。
伏線というワケじゃないんだけれど、不二先輩の好みはリョマさんで
リョマさんも彼のこと美人だな〜とか好意的に見てはいたんですよね。





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