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Do the trick!









氷帝学園の文化祭が行われる。
「来いよ」と跡部から手渡されたチケットを片手にリョーマは
学園の正門で溜息を吐いた。
それは別に呆れた時の溜息だとか、そういった類のものでなく
彼にしては珍しく、嬉しさからの溜息だ。
それも、特大の。

「すご・・・・!」

青春学園の文化祭も、毎年大盛況のうちに終わるが氷帝学園の
文化祭は、それこそ名立たる大学などの学祭と然して変わらぬ
大盛況を見せる。趣向もかなり凝っていると見えて、そういえば
聞き覚えのあるアーティストがライブを行う、と嬉しそうに
菊丸が話していたことを思い出した。

『もう、絶対行くもんね!岳人にチケット貰う約束したし』

試合以降、実は割と親しくなっているらしい向日に感謝感謝!
と言いつつ、彼は自慢げに笑っていた。
チケットって、ライブの?とリョーマが問うと、おチビは
知らないの?と意外そうな顔をされた。

『氷帝の学祭は特別なシステムがあってね!一般客も勿論
 入れるんだけど、生徒に数枚ずつ配られているプレミアムな
 チケットがあって、それを生徒が学校外の友達や、家族に
 配るんだよ。それを持ってたら、色んな面で優遇されて
 結構お得なんだよね。でもって、そのチケットって必ず
 配布者の名前が印刷されているから、人気ある奴の持ってる
 チケットなんかはあとで凄い取り合いになるんだぜ』

それで他校に彼女が居る奴とかバレバレだしなーなんて言って、

『おチビだって、旦那にチケット貰ったんだろ?』と
周囲に聞こえないように小さく耳打ちしてきた。
旦那、という言葉にリョーマが頗る嫌そうな顔をする。
勿論、誰のことかなんて直ぐに分かった。
分かったからこその反応だ。

『旦那って・・・!あれは、アイツが勝手に言い寄って
 来てるだけだし、俺は・・・・・・』

『でも、満更じゃねえよな?』

『――――――――――だって、超我が儘だけど、俺様
 だけど、まあ顔は良いし、テニス上手いし、一緒に居て
 楽しくないってことはないし』

だから、困ってるんですよね。対処に。そう話すリョーマに
お前それ跡部のファンの女子が聞いたら、羨ましくて卒倒
しそうだぜと揶揄する。

『まあ、行って来なよ。お前祭り好きだろ。楽しいと思うよ』

彼の言葉通り、想像以上に賑やかで盛り上がっている会場に
例にも洩れずリョーマもまた、ワクワクと弾む心を
落ち着けられなかった。












「ねえ!君何処の学校?幾つ?」

「彼氏とか居る?居ないんなら、俺なんてどう?」

――――――――――――うぜえ。
この、広い校内。無駄に広い校内。跡部たちが居るらしい、
テニス部主催の展示コーナーなんて自力で見つかるわけが
ない。そこで、身近な氷帝の生徒と思しき人間に尋ねたら
先ほどからこの有り様である。こんなことなら、女子に
訊けば良かったとリョーマは心底後悔した。だって、彼とて
年頃の男の子。異性にいきなり話し掛けるよりは、同性に
話し掛けた方が抵抗が無い。そもそも、その選択が間違い
だった。

(学ランで来れば良かった・・・・)

しかし大概が私服で来場する中、休日だというのに学生服、
しかも他校の制服となればそれなりに目立つと思って
私服で来たというのに。身長が足りないせいか、と常日頃は
気にしないことまで気にしてしまう。何だって、女子に
間違われてナンパなんか受けなければならないのか。

「テニス部でしょ?場所教えてあげるからさ」

「テニス部の誰かの妹?お兄さんでも居るの?」

――――――――――誰が、妹だ妹!!
リョーマの限界が終に切れそうになった時、彼の握りしめた
ままのチケットに気付き、話しかけて来ていた男子生徒の
一人が、ハタ、と動きを止める。

「え・・・・・・・・・・・その、名前って・・・・」

彼の指す先には、跡部景吾、としっかり印刷された
チケットがあった。
そのとき。

「俺の物に手を出そうなんて、いい度胸だな」

多分、一番今聞きたくない声が背後から掛かった。
ギャ―!!と少年達は内心思う。叫びださなかっただけでも、
自分を褒めてやりたい。跡部だ。あの、跡部だ。

「跡部さん・・・?」

「中々こねえから、捜してみれば案の定か。否、此方にも
 非があるな。悪い、誰か迎えに行かせればよかった。
 お前のことだ、予想出来た事態だ」

珍しく、かなり珍しく素直に謝られて、リョーマもきちんと
場所を聞かなかった自分も悪いのだと慌てて弁明した。

「忙しいのに、態々ごめん」

「気にすんな。――――――――さあて。お前ら、二年か」

その顔はしかと覚えたぜ?と笑う跡部の姿に先ほどまで
リョーマに声を掛けていた二人組みはビビる。
跡部と言えば、広い氷帝学園の中でも知らぬ人が居ない程の
有名人だ。スポーツ万能、成績優秀、加えて眉目秀麗。
ファンクラブまで女子の間に作られているわけで、初めに
その事実を聞いたときは馬鹿みたいだ、と笑い話にしたのだが
実際本人を目にして、納得せざるを得なかった。
それくらい、跡部は非の打ち所のない男だ。
なのに、如何して。――――――何故か、否必然か、彼に
関して流れてくる噂というものは、大概が印象として怖い
ものだ。例えば、喧嘩をすればあの外観で向かう所敵なし
だったり、実は裏ではそれなりに素行も悪かったり、そのくせ
教師受けは格段に良いので、少しも彼に不利な状況には
陥らなかったり。

「あ・・・・跡部先輩」

「スイマセン!や、マジ先輩の彼女だって知らなくて!!」

「なっ・・・・・・・・!!誰が、」

彼女だ!と喚きそうになるリョーマを制して、跡部は

「―――――――――おい、もう一度言ってみろ」

と、静かに言う。え?と一瞬間抜けな返事をしたが、慌てて
少年は

「跡部先輩・・・?」

と先ほどの言葉を繰り返した。

「違う!その後だ!」

「スイマセン、先輩の彼女だって知らなくて・・・?」

彼女。
・・・・・・・・・・・・何て、良い響きなんだ。と
跡部は思う。正確に言えば、リョーマは男で彼女というより
彼氏なのだがそれでも傍から見て、自分とリョーマが恋人同士に
見えるという事実は、彼をこの上なく幸せな気持ちにさせた。
恍惚と、笑みすら浮かべる跡部に重く溜息吐いて、もう良いから
今のうちに行きなよ、と事態の収拾がつかず困り果てた様子の
少年たちにリョーマは促した。









客が多いから、裏口から入るぞと促されてリョーマも
大人しくそれに倣った。教室でやっているのかと思いきや
彼らの催しは何と部室で行われているそうだ。部室と言っても
テニス部生の多い氷帝学園テニス部。
雨天の際使用するのだと教えられたそこは、トレーニング
ルームみたいな造りで、真新しい床や壁などは見事に
手入れが行き届いている。
裏口から回れば、其処には見慣れた顔が幾つもあった。
但し――――――皆、一様にいつもと服装が違う。
私服なのかと問われたら、多分それも違うだろう。
皆が、皆スーツを着ている。その装飾アクセサリーは、
クロスだの髑髏だの、ほんのちょっぴりホラーテイスト。
中には、包帯を巻いてたりする者も居る。
跡部も上に着込んでいたコートを脱ぎ捨てると、中には
真っ黒な品の良いスーツを見事に着こなしていて、胸元
を少し肌蹴させた感じがやたらにセクシーだ。
一部の人間にしか似合わないようなデザインだが、それすら
違和感無く魅力的に着こなす姿には、流石のリョーマでも
うっかり見惚れてしまったほどで、日頃から彼に傾倒
している女子なんかが見たら、悲鳴をあげるに違いない。
ただ、なんと言うか。
彼の見た目が麗しいから、麗しすぎるからこそ。

「――――――――ホストにしか、見えない」

呟いた言葉に、跡部とリョーマを除く皆が爆笑した。



「趣旨としては、まあ当たらずといえ遠からずなんやけど
 一応跡部はヴァンパイヤ意識してるんやで。
 俺らの今年の出し物は、ベタベタやけど喫茶店でなぁ。
 時期的にも、ほらハロウィーンやし、ほんなら序でに
 それも取り入れたろって」

言いながらお茶とお菓子を出してくれる忍足だって、
どう見てもホストにしか見えない。中学生になんか見えない。
同じく黒いスーツを、此方は襟元まできっちりと釦を留めて
大きなクロスのネックレスを掛けている。

「向日サンは、猫?」

「何か女子に受けは良いんだよ・・・・・」

岳人の頭には、黒い猫耳のカチューシャが付けられていて
本人はあまり乗気でないのか照れくさそうに頬を掻く。
リョーマは、自他共に認める大の猫好きなのでこれは
一寸可愛いと思った。

「好いじゃん。可愛い、俺好きだよ?」

何の気なく言った言葉なのだが、岳人は直ぐ頬を赤く染めて
対照的に跡部が物凄く不機嫌そうな表情を浮かべる。
リョーマはそのことに気付いていない様子で、楽しそうに
猫耳に触れて見たりしているので

「その辺にしとき。跡部が猫耳付けるっていいかねんで?」

忍足が出した助け舟に漸くというか、その言葉を聞いた途端に
慌てて彼は身を引いた。
――――――――猫耳の跡部。
・・・・・・・・・・・・・・・・怖い、怖すぎる想像だ。

「他の人たちは?」

「お客が離してくれんみたいでな。賑わっとるんはいいこと
 なんやけど」

「一つ誤算というか・・・・・まあ、仕方無い事だけど」

ふう、とあからさまな溜息を忍足と岳人が吐いてみせる。
何か心配事でもあるというのか。これほど賑わっていると
いうのに?

「うちには、投票制度があってな。一番気に入った部の
 出し物に投票して、それで人気のあった部に生徒会が
 予算を多めに割り当てたり、他賞品とかあるんだ」

珍しく浮かない様子で、跡部もそう言った。

「テニス部自体は多いんだけど、自分の部には投票できない。
 これって結構不利なんだよ、人数多い部活は」

「他大会なんかで下校時間を遅れるときにも、優遇されよって
 詰るところ俺らも、その投票の上位を狙っとるんやけど」

此処でまた、溜息一つ。
余計に意味が分からない。その投票制で、是ほど盛り上がりを
見せている男子テニス部に一体何の問題があるというのか。
寧ろ、かなり優位じゃないのか。
首を傾げるリョーマの様子を察して、跡部が更に続けた。

「うちの喫茶店は、女子しか入らない」

と。





確かに言われてみれば、殆んど、というかほぼ全く男子の
客が見当たらない。一応友人に声を掛けてみたものの、
女子でごった返す店内に入るツワモノは中々居ないそうだ。
――――――それも、当然だろう。
氷帝学園男子テニス部レギュラー陣は、青学にすら
ファンクラブがあるくらい女子にもてる。跡部を筆頭に、
各々ファンが付いて一体何処のアイドルグループかと
いう位だ。しかも学園祭ともなれば、日頃は彼らと顔を
合わす機会のない他校の女子生徒も、浮き足立って訪ねて
くる。喫茶店ともなれば、尚更だ。
当然と言えば、当然の結果だ。
だが、彼らは言う。男子生徒が半数を占める学校内で
彼らの投票が全くない状態というのは非常に苦しい、と。
女子生徒だって、友達から頼まれて他の部活に投票する
者も沢山居るだろうし、例年そのパターンで、実は
上位入賞を逃していたりする。これだけ盛況を見せて
いるのならば、自分が投票しなくても大丈夫だと誰もが
思ってしまうらしい。それは、非常にネックになる。

「ならば、女子テニス部と協力したら?」

「男女予算は別々なんだよ。それでも、一応聞いたが
 一緒に催し物をするのは嫌だと断られた」

「何で?」

「ファンの女子が怖いから」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・」

成る程、確かに後で何やかんやとファンの女子に因縁を
つけられるのは怖そうだ。仕方のないことだろう。

「――――――――そこで、だ。今日お前を此処に招待
 したのは言うまでも無い。これから、俺たちに協力・・・」

「お断りします」

「早っ!!」

「話くらい聞いたってええやん!!」

「どうせ碌でもない話だろ!ヤな予感がするんで、俺・・・」

「いいじゃねえか!一寸女装して客引きするくらい!」

「やっぱりか――――――――――――!!」

どうせそんなことだろうと思ったよ!!
リョーマは叫んだ。叫んで忽ちに踵を反した。
お茶もお菓子も頂いたが、そんなことで己のプライドを
売るわけにはいかない。己を安売りするなというのが、
幼い頃から母の語った家訓なんで。なんて言いつつ
早足で歩き出す。だが、勿論跡部によってそれは制された。

「――――――――タダとは言わない。こっちも、部活が
 掛かってるんでな。この投票の今回の賞品は豪華だぜ?
 一位になった部には、ボーナスが出る。俺たちが欲しいのは
 金じゃなくて、部活の延長等の優遇措置だが・・・その
 ボーナスで、温泉旅行を企画している」

「で?何すればイイの?」

俺、人助け大好き。
語尾に★マークすら付きそうな勢いで、家訓は何処へやら
リョーマのプライドは温泉旅行の前に儚く消え去った。








通されたロッカールームで、何故か数名の女性たちに囲まれて
当然リョーマは途惑った。曰く、男子テニス部の衣装の
コーディネートを担当しているらしい彼女たちは、どうもプロの
スタイリストであるらしく跡部のツテで集められたそうだ。
流石に驚いてフリーズした彼は、直ぐにお姉さま方のお気に召す
ところとなった。

「きゃあ!何この子!凄い可愛い」

「肌白いー!目大きい」

「モデルか何か?」

「あ・・・・あの?俺」

「俺!?男の子??」

「美少年ね―――」

きゃあきゃあとけたたましく盛り上がる彼女たちに引き気味の
リョーマを余所に跡部が服装の注文を付ける。

「メイクはナチュラルで良いと思うケレド、アイメイクは
 しっかりとした方が良いわ。この子目大きいから、映えそう」

「じゃあ、それで頼む。衣装は、どれにするか」

「これとか、可愛くない?跡部君」

「ウィッグはこれでー」

(キャ――――――――――――!!!!!!!!?)

準備万端で、仕事道具を片手に振り向く彼女たちに
声にならない悲鳴をリョーマが上げる。
それを知ってか知らずか、口元を歪めて笑う跡部をこれほど
厭わしく思ったことはない。








程無くして。
彼女たちの力作は完成した。
地毛と同じ、黒髪のウィッグは長めですとんと落ちる
ストレートに、毛先だけ緩くウェーブが掛かっている。
常は無頓着ながらも木目細かい肌に、薄く下地とファンデが
のせられて大きな眸を更に強調するような、しっかりとした
アイメイクが施されていた。跡部たちの服装に合わせたのか、
黒を基調とした衣装は既製品が彼の体のサイズに合わせて
多少手直しされている。目立たない程度にレースが
縫い合わされてフォーマルでシックなデザインのドレスは、
見事に彼の体躯の華奢さや、危うい雰囲気を引き出すことに
成功していた。
丹精こめて作りあげられたアンティークドールのような
綺麗さは、血の通う人間たる彼をまるで人形のように見せる。
整いすぎて、その美しさは偽物のようだ。
常は深い黒曜石色に輝く瞳は、カラーコンタクトによって
今は異邦人の如き、アッシュブルー。
キラキラと光彩を放つその効果も相乗して、国籍も性別も
分からない。分からないが、凡そ誰もが賞賛するような
作品の出来に、彼女たちは誇らしそうに笑った。

「凄い・・・・」

最初に口を開いたのは、岳人で様変わりしたリョーマに
只管言葉を忘れるばかりだ。常日頃から、彼のことは
皆綺麗な少年だと思って居たが、是ほどとは。姉が居る
彼は女が化粧で変わることなんて疾うに知っていたが、
その彼をしても言葉が出ない。
その綺麗さは、だけど凄惨だ。綺麗過ぎて、怖いなんて
異常だとしか言いようが無い。

「えらい別嬪になったなあー。もとから越前は美人さん
 やったけど。お人形さんみたいや」

「ちっとも嬉しくないッスよ・・・・」

リョーマが苦々しく顔を歪めてみせて、それでやっと
彼に人間味が出てくる。これでは、跡部も大変だと他人事
のように(実際他人事だ)忍足は思った。
彼がリョーマに思いを寄せている事は、本人があれほど
憚ることなく公言しているのだから既知の事実だが、
この分では競争率がどれほどのものかと心配される。
跡部もまた非常にモテる男ではあるのだが、彼がモテるのは
勿論女性にだけであって、リョーマは異性どころか同性に
までモテるときている分、彼の方が始末が悪いだろう。

「―――――――似合うぜ?」

不図。
それまで何も言わなかった跡部が、ぽつり、そう零した。

「―――――似合わなくて、結構なんだけど」

「安心しろ。俺は事実しか口にしねえよ。似合うぜ、オマエ」

言うと、跡部がリョーマの手を引いた。
そしてすっとその手の甲に恭しく口付けて、エスコートして
やるよ、と囁いて部室の表に繋がる扉を開け放つ。
覚悟したが、矢張り想像以上の歓声がその場にあがった。



少なからず、女性は綺麗なもの可愛いものが好きである。
跡部が連れ立ってきた少女に、一体何者なのか、まさか
恋人なのかと俄かに喫茶店は殺気だったが、ものの数分も
せぬ内にその大半は羨望の眼差しとなった。
少なからず、女性は綺麗なもの可愛いものが好きである。
程ほどに可愛らしい少女、綺麗な女性を跡部がエスコート
してきたとなれば、彼のファンたちはその女性に嫉妬なり
何なりしたかも知れないがそれが滅多に目にかかれない
レベルでの美少女となれば、話は別だ。
嫉妬を軽く通り越して、見惚れるしかない。
或いはお似合いだと褒めちぎるもの、彼女として
あれ程の美人を選ぶ跡部の度量は流石だと言う者まで居る。
そしてその噂は、瞬く間に校内を駆け巡り女子ばかりで
溢れかえっていた彼らの喫茶店は、正体不明の美人を見る為
集まった男子生徒とで比率半々くらいになっている。
しかし、意外なことにこの場においてリョーマに声を
掛けて来る不埒な輩は一人として存在しなかった。
理由は、至って明快。至って簡単。
場の空気がそれを許さないほど、彼が注目されていたこと。
また、こんな完璧な美人を前にして声を掛ける勇気のある
男なんてそうは居ないということ。
そして、何より。跡部初め、レギュラー陣が常に彼を
護る如く寄り添っており、それが単純に怖かった所為もある。
そんな様子ですら、「まるでお姫様を護るナイトみたいよね」
なんて少女たちに持て囃されるのだから、本当に美形は得だ。
会計の席で、跡部の近くに添いつつにっこりと微笑む。
それだけで何だかやけに好評で、笑顔を向けられた男子は
決まって顔を赤くする。女子も女子で目の保養と騒いだり、
単純にレギュラー陣だけを目当てに来た者も、写メするんで
一緒に並んでもらって良い?と訪ねてきたりして思いの外
越前効果は凄いらしい。
他校の人間に協力を仰いで良いのかという問題もあるが、
バレなきゃいいだろと言う跡部の一言でそれは抹殺されて
しまった。バレたら、バレたで話題にはなるし別段
ペナルティーが課せられる訳ではない。現に友人を招いて
バンドを開いたり店を出したりしている部なんて幾らでも
ある。

「凄いですねー!この分だと、今年僕たち一位ですよ」

「例年には無い男子からの票も集まりそうだC」

「越前凄いな」

褒められている内容が内容であるが、単純に褒められるのは
嬉しいものである。当然リョーマも、別に、なんて
言いながらもその表情は当初より緩んでいる。
頬はほんのり桜色に染まり、口元には微かな笑み。
――――――――――これは、結構な数の人間がノックダウン
されるものだろう。
順調に売上が伸びる中、しかし忍足は一人考えていた。
・・・・・・・・・・・・・・可笑しい。
何が可笑しいって、跡部が。あの跡部が、こんなに可愛い
リョーマを幾ら部活の為とは言え、大衆に好き好んで
曝してしかも大人しく自分が女子に愛想を振りまいて
いるなんて可笑しい。リョーマを掻っ攫って、何処かに
とんずらしても可笑しくないのが、常の跡部景吾という
男なのだ。その彼が、大人しいなんて。

(何を企んどるんや・・・・・・・・)

―――あんまりだ。あんまりと言えば、あんまりな推理だ。
だけど現に跡部はトラブルメーカーだし、彼と関わって
トラブルにならなかったことなんて本当に数える程しか
ないという位、彼はトラブルを招く。招くといえば、語幣
があろう。正しくは、彼がトラブルなのだ。
それも、とびっきりの。
だが、今回は目立ったトラブルなんて発生していないし
跡部のおかげでリョーマの女装なんて超レアなものを
見ることが出来たし、それはとても目の保養になった。
考えすぎたかと思う。
若しかしたら、跡部は本当に単純に部のことを考えて
(だって彼は曲りも何も部長だし)リョーマを招待した
のかもしれない。何でも疑うのは良くない。

(考えすぎかな――――――?)

スマン、跡部。
と、彼が内心こっそり呟いたときに。

「お――――――い!!岳人!!遊びにきたよん★」

酷く能天気な、それでいて良く通る声。

「コンニチハ、英二に便乗してお邪魔しちゃった」

向日君、チケット有難う。なんて、丁寧な挨拶。

・・・・・・・・・・・特大の、トラブルがやってきた。


「岳人・・・・・」

自分の相方の名を恨めしそうに呟く忍足に、ぶんぶんと
岳人は頭を振って否定する。

「俺じゃねぇよー!!俺だけど!でも、俺じゃないっ!
 俺は、菊丸にチケット二枚渡して友達と来いって言った
 だけだもん!!だって、一人で来辛いだろ!!」

「そーだよ。で、俺が不二誘って来たんだけど。
 え?何か不味かった?岳人と、不二って仲悪かったっけ」

「仲悪いも何も、そう面識が無いし。僕、嫌われているの
 かな。若しかして」

「そ・・・・・・・そそ、そんなことない!!滅相も無い」

慌てて岳人が否定する。
冗談じゃない、不二を敵に回したりするもんか。
青年は一見たおやかそうな外見で、話ぶりもそうだし、
微笑みもそうだ。人を安心させる。させる・・・が、
プレイスタイルはそれと正反対だと言って過言でない。
彼との交際は殆んど無いが、岳人はあの試合中のほうが
絶対に絶対に不二の本性だと思っている。それは、野生の
勘だったがある時菊丸に「怒らすと一番怖い奴って誰?」
と冗談半分に聞いてみたときに、彼が顔色を無くしながら
「不二」とだけ答えたことが、その真実性を確信させた。
絶対に、彼は敵に回すと怖いタイプだ。跡部と、また
違った意味で。要は、即効性の毒か後から致死量に至る
毒かといった違いだろう。言うまでも無く跡部が前者なら
不二は後者だ。

「ハロウィン?面白い恰好してんじゃん。あとべー、
 超似合う!!」

「ホントだ。うちも、今度こんな風にしようか。学祭。
 手塚が怒るかな」

「怒る怒る!!んでさ、岳人。俺ら見たいものあってきた
 んだけど」

「そうそう、それを見るために来たんだよね」

クスクスと笑い合う二人の姿は、無邪気で二人が二人とも
美形の部類に難無く入るためレギュラー達と親しげに話す
彼らに好奇の目が寄せられる。だが嫌な汗が背中を伝うのを、
必死に堪えながら祈るような気持ちで、忍足が何を、と
問うと見事に二人の呼吸は揃った。

『噂の超美人な女子』



逃げろ!!と岳人が耳打ちするよりも前に今其処にある
危機に気付いて弾かれたようにリョーマは駆け出した。
運悪く裏口まで遠い位置に居た彼は、否応にも人波を
掻き分けて走らねばならない。ただでさえ、人口密度の
高い店内、履き慣れていない靴は無理な走りを許すことなく
見事に躓いてしまう。それを危機一髪のところで受け止めた
腕は何と今一番顔を合わせたくない人間のものだった。

「危ないよ?気をつけて・・・・・・・・?」

腕の中の少女と思しき人物を覗き込んだ途端。
途端に。
・・・・・・・・・あの、滅多なことで動揺しない級友が
珍しくもあからさまに動揺したのを、久々に菊丸は見取った。
何に驚いているのかと思えば、原因はただ一つ。
如何考えたって、彼が腕の中に受け止めている少女の他にない。
知り合いなのか?と菊丸は思った。
知り合いならば、不二のことだ。
もっとスマートに対応する筈で、驚く必要なんてないでは
ないか。ならば、何故。

「不二?どうした?離してやりな・・・・・・・・・・・・
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・って、
 お・・・・おチビ――――――――――――――!!!?」

「だよね・・・どう見ても。越前、でしょ?」

一瞬、僕の目が悪くなっちゃったのかと思った。
なんて呑気に言って見せる不二は、そもそも如何して
リョーマが此処に居るのかとか、何でこんな恰好をしているか
なんて気にもとめない様子で、至って平然と可愛いよ、なんて
賛辞を述べてみたりしている。
・・・・・・・・・・・・・・・・・マイペースといえば、
マイペースなのか。それとも、単に可愛い後輩の事以外の
事象に興味が無いだけなのか。
しかし、菊丸初め他のものはそういうわけにはいかない。
リョーマは、青春学園の代表選手の一人なわけだし、しかも
目立つ行動、目立つ容姿、どれをとっても彼は此処らの
学校では一寸した有名人である。不二と菊丸、といった
青春学園の主たる選手二人がいるうえに、彼らがおチビだの
越前だの呼んだりする人物なんて、そうそう居る筈も無い。
あとは、簡単に今まで合致しなかった点も一致する。
背丈といい、容姿といい、そういえば。
そういえば、この絶世の美少女は特徴が悉く一致するのだ。
青春学園きっての一年生レギュラー越前リョーマに。
わっ、と場が急に今までに輪をかけて騒々しくなる。
しまった、と気付いた菊丸が口を抑えたがそんなことは
後の祭りだ。客がわっとリョーマを囲って、
「嘘!越前君!!?」だの「本人!?親戚?」だの
次々に質問を投げかける。

「ちょ・・・・・っと、待ってよ!!」

その輪の中心で人波に揉みくちゃにされながらもがく
彼の手を、しかし誰かが掴み上げた。

「・・・・・!?」

「五月蝿ぇぞ、てめえら!!こいつが迷惑してんじゃ
 ねえか!其処を退きやがれ!」

この不謙遜甚だしい物言いは、跡部だ。
彼の一喝に蜘蛛の子を散らしたようにリョーマから離れる
群集に満足したのか、ツカツカとその中心を通り彼に
歩み寄ると、徐に跡部はリョーマの身体を抱き上げて
彼の目線を己に合わせた。所謂お姫様抱っこ、の体制に
気付いたリョーマが勿論黙っておく筈が無い。
慌てて逃れようと必死で手足をばたつかせるが、力の差も
あって逃れられず、跡部もまた離す気配などないようだ。

「ちょっ、何すんの、はな・・・・・・・・・!!」

講義の声は、しかし言葉として意味をなすことがなかった。
その前に、跡部の唇によって塞がれてしまったからだ。
嘘みたいに整った青年の顔が眼前に迫って、その眸一杯に
驚いた自分の顔が映る。

「―――――――――ん、ぅっ!!」

フレンチキスでなくて、恋人同士が交わすような
深い接吻けは、大衆が見ている前にも関わらず延々と
続いて、くたり、と力を失ったリョーマの手が抵抗を
止めるのを見計らったように、跡部は満足げに唇を
漸く放した。

「俺様の物に手を出すんじゃねぇ」

吸血鬼の扮装をしている跡部と、薄幸の美少女の扮装を
しているリョーマは、まるで生贄に捧げられた乙女のようで
倒錯的だが、ひどく麗しいツーショットだ。
暫く、しんと静まり返り事の成り行きを見守っていた
(見守るしかなかった)場内は、わっと女子の黄色い悲鳴や
歓声や、怒号やら、驚愕の声やらに包まれて一時騒然と
なった。

その間スタスタと難無くリョーマを抱え込み、関係者以外
立入り禁止の看板を掲げられた控え室に入っていった
跡部は、放心状態になりかけている腕の中の少年を
そっと降ろすと、にやりと笑って見せた。

「これで、もう逃がさないぜ?」

「――――――――――――――信じられない・・・!」

「あん?普通に告白したところで、オマエが手に入る
 なんて思っていねぇよ。だが、今回は勝手が違うからな。
 諦めて、俺のものになれよ」

「馬鹿か!!アンタ馬鹿だろっ!!―――――最悪。。。」

もう、明日からどんな顔をして学校行けば良いんだよと
嘆くリョーマの肩をぽんぽんと叩いて、とりあえず
慰めてみるものの掛ける言葉一つ見つからず、忍足は
久し振りに人に心底同情するといったことを経験した。
不憫だ。可哀想過ぎる。そもそも跡部に気に入られた
時点で、彼に逃げ道なんか存在しなかったのだ。
しかも。

(跡部が大人しいから、可笑しいと思っとったけど
 やっぱりな)

跡部が率先して、あの可愛らしい出で立ちのリョーマを
大衆に曝したのも、不二や菊丸に見せれば一見して
その正体がバレることになること予測していて、その
上でリョーマに付く悪い虫を一掃する為、そして彼に
好意を抱くものを牽制するためにあんなことを行ったに
違いない。・・・・・・・・・・・絶対、絶対そうだ。

「これで全員公認のもと、晴れて清く正しい交際が
 出来るな。良かったじゃねえか。お前もそう思うだろう」

「思わない!!てか、ギャ――――――!!
 首!!首舐めるな!キショい!!」

「今の俺の恰好と、お前の恰好ならピッタリだろうが。
 吸血鬼と、乙女」

「ちっとも清く正しくないじゃん!!忍足サン!!
 止めてよ!この人!」

「そりゃー・・・ちっと俺には荷が重いわ・・・」

御丁寧に鍵まで掛けられた関係者専用の部屋に続く
扉をバンバンと叩く音が聞こえる。
大方、不二と菊丸だろう。
―――――――――――――あかん、頭が痛くなってきた。
はよ帰って、風呂入って寝たいわー。
ちょっぴり現実逃避しそうになった頭を抱えて、矢張り
トラブルメーカーなチームメイトに心底うんざりする。
兎角この状況を如何にして打破するか、だ。
















生徒というのは、秘密の共有が結構好きでその証拠に
何処の学校にも決して教師には内緒で付けられたあだ名
なんかがゴロゴロ存在していたりする。
内緒だよ、と柔らかく言えば割とすんなりそれは受け入れ
られた。仮令噂になろうと、それはあくまで生徒同士の
間においてのみだ。問題は何も無い。
謎の美少女の正体が明るみになってしまったせいで、男性
票はやはり減ったが、変わりに女性票がぐんと伸びた
おかげで何と予想だにしていなかった1位を獲得した
男子テニス部は、部活動の延長と、その他予算等における
優遇措置を取り付けることに成功した。その投票用紙に
『応援しています』だとか『跡部様、流石』とか
書いてあったのは、余談だ。
これまた余談だが、すっかり機嫌を損ねたリョーマだが
初めの提案どおり温泉旅行に連れていってもらうことが
出来て、(但し、跡部のポケットマネーなので、勿論
彼と二人きりだったりするわけだが)週末明けに、
お礼がてら人目を忍びつつ、氷帝を訪ねてきた彼の
機嫌はすっかり直っていて、おまけに何がどうなったのか
まるで誰にも分からなかったが、すっかり跡部とも
親しくなっていた。
それを見て悔しがる者も多数居たが、だけどほっとした
者も居る。―――――――跡部の機嫌が良いからだ。

「あれから、不二や菊丸に何か言われた?」

俺が菊丸招待したりしたから・・・悪かったよなんて
謝る岳人に、全然、とリョーマは笑った。

「まあ、それなりに言われたけど気にしてないし。
 女装バラしたりしたら、泣いてやるって脅したら
 先輩たち超優しかった★」

まあ、この人のこととかは、後は俺の問題だからね。
そう言って彼は、跡部の方をちらりと見遣った。

「なあ。跡部、俺一個どうしても気になるんやけど」

「何だ」

「どうやって、越前落としたん?」

「テニスコートつきの温泉を貸し切って、暇さえあれば
 テニスの試合をして風呂に入って、食事は全て
 アイツの好みの和食と懐石料理で作らせて、親交を
 深めた後に夜這い」

「・・・・・・・・・・・凄い、完璧プランやな」

「俺は欲しいものはどんな手を使っても手に入れる」

ならば、それに周囲を巻き込むなよ。頼むから。
言っても聞かないが告げようとした矢先、跡部は
立ち上がると徐にリョーマの許まで歩み寄り、結局
彼の一人勝ちに終わったような気を、少なからず
誰もが感じ取っていた。
季節は、もう秋も深まっている。
溜息の似合う季節だ。















何時終りが来るのか解らない迷宮を彷徨っている気分でした。
めっそり。何だこの長さ。設定を生かしきれなかった上に、
書いていて気付いたのは氷帝の文化祭って11月なんだよね。
ハロウィンには重ならんか。すいません。
私よほど王子がもててないと気が済まないみたいですね。
その内手直ししたいような、これはこれで良いような。



















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