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Wings of Winter









滅多に雪の降らないこの地域で、珍しく明日は冷え込んで
大雪の恐れがあります。とお天気お姉さんが、一寸可愛い笑顔で
昨晩確かにそう言っていた。


言葉どおり、一面真っ白な銀世界、雪景色が明くる朝窓から
覗いて感嘆の溜め息が洩れる。粉砂糖をちりばめたみたい。
なんてロマンチストぶって思ってみる。
――嗚呼、どうせならば休日でなく学校がある日に
降れば良かったのに。
名残惜しいと思いながらも布団から這出ると、傍らでカルピンが
必死に毛布にしがみついていた。
野生の威厳は何処にいったんだよ、お前。
着替えると、見計らったようなタイミングで
携帯の着信が鳴った。
ベートーベンの、運命。我ながら良いセンスをしてると思うよ。
この曲が流れるのは、だって一人だけしかいない。

「はい…」

「よぉ、起きてるか?」

寝起きにはあんまり心臓に宜しくない声だ。
もう大分慣れたけれど、この人の声っていうのは酷く俺の中の
何かを揺さぶる。
こうして携帯という媒介を経てさえも耳朶に直接
囁かれているような響きで溜まらず携帯を投げ出してやろうかと
考えた。
有り体にいえば、アレだ。
セクシャルな声とでも言うのだろうか。

「起きてる」

「外見たか?すげえ、雪」

「うん、見たよ」

「ならば、良い。俺、今オマエの家の前に居るからよ。来いよ」

その言葉を理解するより前に、俺は目を見開いて殆ど閉じている
カーテンを思いっきり左右に引っ張って外を見た。
一面の白銀、その世界に黒色のロングコートに
グレーの格子柄のマフラー。
佇む彼は、雪景色には馴染めないくらい何だかとても異質だ。












「早かったな。珍しく早起きというか。俺の勘が当たった」

「勘って?」

俺は慌てて部屋にあったコートを羽織り、今年のクリスマスに
コイツからプレゼントされたマフラーを巻きつけて
外に飛び出した。
たまの休日だから、しかもこんなに早くだから
家族は誰も起きていない。
心配するといけないから、居間に書置きを残してきたし
部屋にも一応書きおいているから多分大丈夫だとは思うけれど。
煙草の煙みたいに吐く息が全部白く曇って、乾燥した冬の空気が
少しだけ目に凍みた。

「オマエ、雪とか好きそう」

ガキだからな、と揶揄するように笑う秀麗な顔を
睨み付けることを忘れずにそんなの景吾だってそうじゃんかと
文句を吐く。
俺より早起きして、態々此処までやってきて
それから俺を起こすなんてどっちがガキなのか分からない。
五月蝿えよ。言いつつも、自らの手袋を乱暴にもぎ取ると俺に
それを押し付けてきた。
あ、そうか。手袋は忘れていた。
手のひらを入れると、指先が幾らか余るけれど未だ温かな体温が
其処には残っていた。
公園にでも行くかという提案に俺も頷いて同意する。
早朝の細道は車も人も通らないから足跡一つ無く、滑るなよと
注意を受けながら二人して積雪を踏みしめて轍を作る。
早朝の細道は車も人も通らないから何の隔たりも照れも
そして外聞もなく、俺は景吾の、景吾は俺の手を握り締めて
街に溢れるカップルのようにサクサクと歩いた。
いつもの道は、何だか随分静かでその分遠く感じる。
世界は真っ白で、遠くを見つめているのか近くに焦点を当てて
いるのかももう分からない。ただ、静寂と時折雪の落下する音が
小さな声を上げるばかりだ。

「正直さ、俺はアンタとこんなに続くと思っていなかった」

ぽつり、と脈絡の無い俺の言葉を無視することなく彼が此方を
一寸だけ見た。見下ろされる視線を受けて、俺は笑う。
上手く笑えていれば良い。

「アンタも俺も、だってこんなだし。自分が一番じゃん。
 他人のことを考えられる程、器用でも優しいわけでもないから。
 何時か、もっと早くに俺たちは終わる気がしてた」

その言葉に、傷ついたような目をした男が印象的だ。
不謙遜で、俺様で我が儘で、でも意外に本当に意外に繊細な
トコロもあるんだってことに気付いたのは、何時だったっけ。

「それ、酷くねぇ?」

「事実だもん」

「俺は、続く気がしていたし今もしているぜ?
 どんなことがあったって、俺はオマエを此処から放す気なんざ
 ねえから」

「だって」

未来は分からないじゃん。と地面に向かって声を落とした。
積雪に重く、気持ちが埋もれてしまいそうだ。
沈んでしまいそうだ。
俺は、信じている。アンタのこと。過去のこと。現在のこと。
だけど、未だ見ない未来だけはだって如何しようもない。
こんなことを言っている俺だって、明日にはアンタのことを
忘れたいって思っているかも知れないし、
そんな言葉をくれるアンタだって明日には
別の恋人と手を繋いで歩いているのかも知れない。
突き刺す空気と、鉛色の空が心をきゅっと締め付けて歩みを止めず
手を繋いだまま二人は足跡を残していく。
未だ踏み込まない地には、本当に二人の未来があるのか。
今は信じている。ずっと信じていたい。明日は分からない。
堂々巡りだ。

「今年は高校生か」

不図彼が言って、俺はその横顔を見ながらそうだねと言った。
学校が変わって、世界が変われば一体どんなに
俺たちは変わるのだろうか?想像も出来ない。
今は同じ方向を見ている俺たちは、それぞれ違うものを
見つめるかも知れないしそれでもしつこく同じ視線で
モノを見れる可能性もある。
変わるということは嫌いじゃないんだ。
俺はもっと強くなりたいし、景吾にももっと色々な世界を見て
欲しい。それを束縛することは、己が厭うくらいだから
彼に強制する気なんて無い。
唯、世界が変わっても俺たちの見つめるものは同じだったら
良いなあ。なんて思う。

「リョーマ」

不意に足を止めた彼に従って歩みを止めた。
名前を呼ばれて反射的に心臓が弾む。

「俺は、オマエを―――――」

空から微かに滲む太陽光が粉砂糖の地面に反射して目を焼く。
耳を劈くような静寂を壊して、囁かれた声は
俺の何もかもを打ち砕いて粉々にして、それから溶かしていく。
慌ただしい。

「今が、永遠に続くならどんなに幸せだと思うか?」

それは、幸せでそして不幸だ。
この温もりが、言葉が、ただ其処にある存在が
幸せだと紛れもない事実として受け止めるより先に、
堪らずその胸に頬を寄せた。
だけど、進まなきゃいけない。
あと一刻も経てば街はざわめきを取り戻し、
人々は眠りから醒めてこの白い世界は瞬く間に壊れて
各々の色を取り戻すだろう。
俺たちは、進まなきゃいけない。
接吻ける唇が冷たくて、絡ませる舌が熱かった。
白銀の世界と、それに融けられないアンタが瞼に
フラッシュバックする。
胸が震え上がるのは、全身が脈打つこの速度は切なさだ。
俺は初めて自分が思っている以上に、ずっとアンタのことを
考えていること。

それから、きっと愛していることに気付いた。















跡部様は雪とか何気に好きなんです(持論)往来でちゅー(笑)
王子は多分いきなり得も知れぬ不安、若しくは切なさにおそわれた
んだと思う。雪ってそういうところがあるから。
乙女思考です、うちのリョーマさんは。



















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