home






華散る夕辺




リョーマが跡部家に来たのは、彼是数ヶ月程前のことだ。
外国との貿易を生業としている現跡部家の当主に雇われた父親、
母親が海外で昔暮らしていた際の英語での会話能力を買われて
貿易船に乗り彼等と共に国外に居る間、リョーマと、越前家に
身を寄せている従姉弟の菜々子は共に跡部家に引取られた。
曰く、女子どもだけでは何かと物騒だから、屋敷に残っている
自分の息子の話し相手にでもなって欲しいとのことだ。
表向きはそう言われているが、それでも両親が雇われている以上
またこうして衣食住を世話になっている以上、働かないという
わけにはいかず、リョーマも菜々子も屋敷の家事全般を手伝い、
暮らしているというのが実情だ。
未だ幼く、しかも男子であるリョーマは菜々子に比べると然程の
仕事を任されるということはないが、それでも広い屋敷で働く
女中や使用人の者は皆気が良く、働くということ自体を
苦痛に思ったことなど無い。
―――――唯、一点を除いては。

モダンな造りの屋敷は、大広間を抜けると直ぐに階段があり
其処を上ったところに、とある部屋がある。
跡部家の、当主の息子の部屋だ。
リョーマより二つ学年が上であると聞いて、初めは若しかしたら
仲良くなれるのではないかと期待したが現在そんな期待は微塵も
抱いていない。

「リョーマさん、景吾さんを起こしてきてくれる?」

菜々子にそう言われて、リョーマは知らず怪訝そうな顔をした。
それに気付いたらしい彼女が、ならば私がと言い出すのを聞いて
慌てて止める。冗談じゃない。彼女を行かせるわけにはいかない。

「俺が、行く・・・」

そういったやり取りをした後、思い切り溜息を一つ吐くと
リョーマは階段を上り、件の彼の部屋をノックした。








「跡部さん、朝です」

抑揚の無い声でそう告げると、暫く扉の前で佇む。
一呼吸おいてから、入れよ、と言う声が届いて仕方なく彼は
覚悟を決めた。覚悟というのは、詰まりこれから見る景色への
覚悟である。
扉を開けると、部屋の中央に木造の装飾が細かく施された濃茶の
寝台が先ず目に入る。
其処まで続く床には、如何にも高そうな着物がバラバラに
脱ぎ散らかしてあり、目を覆いたくなった。
跡部も派手な色合いや柄の着物を好むが、それと別に明らかに
女物の花模様の朱色の着物。
案の定寝台には、跡部の横に人影があって、リョーマが居るにも
頓着しない様子で起き上がるとさっさと着物を身に付け始める。
強い、香の香りを漂わせた女はボブスタイルで髪を切りそろえ、
猫のようなややきつい印象を与える大きな目が特徴的だった。
赤い唇を歪ませると、気崩した着物を適当に着付けて、お邪魔様
なんて鈴のような声で告げた。
その様子から、素人ではないだろうと安易に想像がつく。
肌蹴た薄い寝巻きを直すことも無く煙管を直ぐ傍の抽斗から
取り出して火を点けると、

「少しは動じろよ。女の裸を見といて」

跡部は笑った。

「俺が来てからだけで、もう数えるのも呆れる位になると
 好い加減慣れる。3日と空けず、毎回違う女を連れ込む
 アンタの真意が分からないね」

「俺の真意なんて、探れば蛇が出るだけだぜ。
 要は、快楽だろう?」

ケタケタと笑い出す跡部に、リョーマは無表情を装いつつも
内心苛立ちを募らせた。
屋敷のものは当主の息子に逆らうとどうなるか分からないと
思っているのだろうか。誰一人彼の愚行を咎めようとしない。
くしゃりとかきあげる髪は、薄いブラウン。
凡そリョーマと二つしか変わらないとは見えず、随分大人びて
見える跡部は、だが至極稀に見るくらい秀麗な男だ。
街に出れば誘ってくる女なんて掃いて捨てるほどそれこそ居る
であろう。皮肉的な笑みを浮かべてさえも、ぞっとするほど
綺麗で、決して男臭いわけではないのに、それでも完成された
色香を纏っている。

「さっきの女、今一つだったけどな」

我が儘で、遊びたい放題なのも誰も咎めてやる人間が居なかった
所為なのかも知れない。そう思えば、若干同情の余地があるが、
だからと言って苛立つ胸の内を無視できるほど器用な人間でも
無かったリョーマはやっぱり不快そうに眉を寄せると、アンタ、と
およそ雇い主の息子に言う調子ではない声で呟いた。

「精々、大事なものまで見失わないことだね」

リョーマの声に、少しだけ沈黙した跡部はそれからまた笑う。
一瞬間見せた彼の表情がらしくなく何故か泣きそうに見えた。
直ぐ後に高慢そうな笑みを浮かべた彼に、見間違いかと思うような
そんな些細な一瞬だったけれど。

「俺の大事なものは、疾うに見据えているさ」











別段跡部が誰と関係を持とうが、知ったことではない。
それで問題が起きたところを見たことが無い点を考えると、
きちんと後腐れの無い相手を選んでいるのだろう、あれでも。
一度使用人の娘と一夜を共にしたことも、翌朝それが噂話と
なっていたこともあったが両者合意の上、酷く素っ気無い、
色気も何も無い話だった。
お互い、そういった相手を求めていた。
まるで傷の舐めあいに過ぎない話である。
なのに、日常的に繰り返される行為を正面から受け止めることを
少なからず不快に思っている自分に、リョーマは気付いている。
勿論大概のまともな神経の持ち主ならば、跡部の行動に嫌気が
差すのなんて当たり前だ。それで、感情が片付けば良いのだが。
不快だ、不快だ、と思いながらも与えられた仕事はきちんと
こなし、今日も洗濯物を抱えて廊下を歩いている最中、
リョーマは何気なく見た座敷の襖が微かに開いているのに気付き
目を遣った。其処から微かに洩れる話し声、そして着物の柄には
見覚えがある。今朝見た跡部のものと、もう一つ。
地味な留袖に掛かる長い黒髪、少し声は。
菜々子のものだ。

洗濯物が、ものの見事に手から滑り落ちた。







「菜々子さんっ!!」

気付いたら、洗濯物を放り出してリョーマは跡部に掴み掛っていた。
驚いた顔をした菜々子が叫んだが、構わず着物の胸倉を掴んで
寄せる。他の女を、幾ら相手にしても構わないけれど、従姉弟に
手を出すのは我慢ならない。
菜々子には、好いた相手が在るし向こうも彼女を慕っている。
その幸福を壊すというのならば、仮令誰であろうと許しては
ならないのだ。

「止めて、リョーマさん!!」

「菜々子さんっ、だって・・・!!大丈夫!?」

「私は、私は大丈夫。だって・・・」

「断られたからな」

自嘲的に言う跡部の言葉に、振り上げた拳をぴたりと止めた。

「だって、駄目ですよ。
 私を好きなのではないでしょう景吾さん。
 私では、貴方が本当に欲しいものは差し上げられないもの」

微笑む彼女は、幼子を諭すように跡部に向き合う。
バツが悪そうに舌打ちして、跡部は小さく俯いた。

「と、いうわけだ―――――リョーマ」

不意に名前を呼ばれて、身体が強張る。

「何か言うことは無いか」

言われて自分が跡部を殴ろうとしていたことに気付かされた。
こんな状況、咎められても文句は言えない。
今度はリョーマが黙って俯くと、跡部はリョーマの手を握った。

「ならば、俺の部屋に来いよ」















連れて来られた部屋は、今までまじまじと眺めてみたことは
無かったがかなりの広さを誇っていた。
壁には著名な作家の絵画、アンティークに揃えられている
室内の家具を見るだけでも彼の父親の事業が軌道に乗っている
ことなど直ぐに分かる。
部屋に連れて来られた真意を疑い、あの、と声掛けると跡部が
リョーマと正面から向き合った。

「眸」

「ぇ?」

「今朝、居た女。眸が好きだった」

「何言って・・・・」

掴まれた腕を、そのままに跡部が持ち上げる。
恭しく指先に施される接吻けに、何が何だか信じられない。

「その前の女は、指」

小さな身体を抱きすくめると、抵抗は無い。
耳朶に口付ける。

「その前は、耳の形。その前は・・・・・・・」

掠め取るような接吻が、唇に降る。

「唇」

呆然と立ち尽くすリョーマは、心臓が音を立てて脈打つのを
初めて知覚した。
苛立ちの、原因。
全ての、原因なんて合わせると簡単に予想が付く。
こんな感覚の答えなんて一つしか在り得ないのに。
如何して。
如何して、俺は、こんな男に。

「分かるか?」

紡ぐ声は、どんなバラードよりも芯に響く。
何が、と問い返す声が震えていて泣きたくなった。
如何して。

「菜々子は一番良い相手だと思ったんだがな。
 部分的な思慕を募らずとも、似通っている部分が多い。
 だが、容易く見抜かれていたみてぇだ」

先程の菜々子の言葉を思い出す。

『私では、貴方が本当に欲しいものは差し上げられないもの』

まるで我が儘な子どもそのものだ。
するり、回された腕がシャツの釦を外し始める。
暴かれる素肌に、晒された外気に冷ややかさを感じたが、
魅入っていた。それよりも、何よりも目の前の男に。

「全部、お前に似ているから好きだったんだ」

猫のような眸。細い指。貝殻のような耳、赤い唇。
差し込まれた舌の熱さが、初めて彼が見せた弱みのように
思えた。

「大事なものも、欲しいものも、一度も目を離したことなんて
 ねぇよ」

落とされる寝台には、未だ微かに女の香が残っている。
掃除をする際に、玄関に飾られた百合の花を此方に生け直そう。
形を感触を確かめるように部分部分に触れていく指先と唇で
この身体の全てをどうか記憶して欲しい。

「俺を、見誤らないでくれる?」

見上げた景色を支配する青年は、窓から反射する
茜色の夕日を浴びて薔薇色に染まる室内に笑むと、
染まりゆく肌を重ねる。

「お前しか、俺の欲しいものは与えられないんだ」

痞えていた胸の蟠りが、苛立ちがすっと浄化されるような
気がする。恰も、咲き誇る花が潔く散るかのように、
はらはらと。
残るのは、花弁に敷き詰められた胸のうちだけで。
その甘さを、如何伝えれば全て明け渡せるか幸福な思案だけだ。














跡リョ甘めのパラレル。色々反省しています。(笑)
あっさりめなので、軽く読んでやってください。
攻めの経験が少ないのは嫌でないですか??プレイボーイでなんぼだ。



















home







Owner:momoya 2005 Not Take Free












SEO [PR]  冷え対策 再就職支援 わけあり商品 無料レンタルサーバー ブログ SEO